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「
そう訊かれて、私は伏せ気味だった顔を少し上げる。テーブルを挟んで目の前に座る
私からの返答を待つ宗胤の思いに応えたいのは山々なのだが、やはり気になるのは扉に紐で括り付けられている爆弾の存在。表示される時は刻々とカウントダウンを進め、二時間五十九分から始まった数字は今、二時間五十一分を過ぎたところだった。
「あの。その前にひとつ訊いてもいいですか」
「なんでしょう」
「このまま宗胤さんと話を続けることは必須でしょうか。私は今のままで充分、死を受け入れる覚悟が出来ています。この対話の目的が私の心を軽くする為だけに行われるものなら、中止をお願いしたいのです」
宗胤は穏やかに微笑んだまま表情を変えない。
「逆に、この対話や扉の爆弾には何かしら宗胤さんの意図があり、それが僅かでも私の贖罪になるのなら、私はそれを受け入れたい。その為には爆弾を取り付けたことにどんな意味があるのか、私は知る必要があると思うんです」
「なぜ知る必要があると思うのですか?」
「それは」
私はテーブルに置かれたカップを手に取ると、ひと口啜ってテーブルに戻した。すっかり冷たくなった無糖の紅茶は妙なざらつきを舌先に残し、それを払拭するべく軽く咳払いしてから私は再び口を開く。
「仮に爆弾を取り付けた目的が私の恐怖心を煽ることだとするなら、その目的は達成しません。私は死に方は選ばない。どんなに苦しい拷問を課せられても、たとえその結果死ぬことができずに呼吸だけを繰り返す生き物になったとしても、それでいい。残酷な結末であればあるほど、私は自分の人生においての満足値を高めてしまいます。ですから私は目的を理解した上で、あなたの望む結果を出したいのです」
「それは、随分と傲慢な考え方だ」
宗胤を纏う空気が変わった。仏壇に置かれた阿弥陀如来像の顔が般若面に見えるほどに、緊張感が部屋の中心を渦巻く。
「ではこちらも仮に、と
「じっとしています」
「……はい?」
「たとえばそのスーツの胸ポケットにあるペンで私の目玉を刺すとか、爪を剥ぐとか気の済むまで殴るとか。その間、私は無抵抗でじっとしています。お望みなら悲痛な声を上げることも出来ますが、部屋の外に刑務官が控えている以上現実的ではないかもしれません。まあ、入り口の扉は開かないように工夫してありますし、邪魔をされる心配はないと思いますけど」
刹那。宗胤は天を仰ぎ見て大袈裟に笑い声を上げた。私はしばらくその様子を眺めたが、数十秒経っても宗胤は笑いを堪えきれないようで、最終的にはクツクツ喉の奥で抑えるように肩を揺らしている。
「失礼。いやはや、浅倉さんが突飛で若々しい思考をなさるから思わず」
「どういう意味ですか。あなたは私が心穏やかに死ぬことを許さない、その為にここにやってきたのではないんですか」
「まさか。先ほど申し上げましたよね。わたくしの命と引き換えに事実が明らかになるのならそれでよいと。言っておきますが、カウントダウンがゼロになれば爆弾は必ず爆発しますよ。それは外側から無理に扉をこじ開けて、爆弾が地面に落下しても同じことです。死が早まるだけ、止める方法はありません。あなたも私も二時間四十五分後には木っ端微塵に弾け飛びます」
爆弾のある扉の方に身体を向ける宗胤の背中を見て、私は途端に苛立ちを覚えた。
「なぜですか。どうしてあなたまで巻き添えになる必要があるんですか? こんな方法は常軌を逸している。そもそも、あなた本当に教誨師なんですか?」
私の質問攻めを受けてゆっくり振り返った宗胤は、スーツの内側に手を突っ込むと何かを取り出してテーブルに置いた。
それは免許証サイズの白いカードで、左側には頭を剃り上げた宗胤の顔写真、中心の上部には堂々と【教誨師之証】と記してある。
「
「宗胤さんは受刑者を更生させる度にこんなことをしているのですか? そんなのは嘘です。なによりあなたがこうして存在していることがその証拠。爆弾は偽物だ」
呼吸が浅く、早口になる。落ち着いて鼻から息を吸い、なぜこんなにも不安な気持ちになるのかを頭の片隅で繰り返し考えた。
宗胤の言う事実とはなんだろうか。私の人生を語ることで、見ず知らずのこの男にいったい何がわかるというのだろう。数時間後に私の心持ちが変わるなどあり得ない。私には、その自信がある。
私の人生を正すことが目的……その言葉に乗っかりこのまま話を続ければ或いは、宗胤は満足するだろうか。数時間後にはこの茶番を終わらせて死ぬことができるのか。
私は宗胤の目を見つめたまま返事を待った。だが宗胤は再び顔に笑顔を貼り付けて『続けましょうか』と言った。
「答えを導くには早い。まだ時間はたっぷりあります。先に語ってくれたように、浅倉さんは浅倉さんの人生を振り返ってくださればそれでよい。爆弾が偽物か、わたくしが本物の教誨師か。答えは自ずと出ます」
「……分かりました。なら次は何をお話しすれば」
私は意地になった。そして同時に、詳細不明の宗胤の企てに乗っかることを決めたのだ。
「そうですね。では、最初の質問に戻りましょうか。浅倉さんにとってお父様はどんな存在ですか?」
「父は父です。それ以上でも以下でもない。まあもっとも、本当の父親ではありませんでしたが」
「本当の父親ではない。だから殺した?」
視線を逸らさない私の目を、宗胤もまっすぐに見つめ返していた。
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