第83話 犯行理由

「本当はお前が犯人だなんて疑いたくなかったよ。なあ、なんで隆平の母ちゃんを襲った?」

「だってあの人、僕が隆平くんにあげた人形見て、変な顔してたから。ひどいでしょ? あれ作るの結構大変だったんだよ?」


 裏庭に忍びこんだところを見つかり、隆平の母が家まで押しかけてきたときだ。言い争いの途中で帰宅して来た颯太は、隆平に手作りのマスコット人形をプレゼントした。その人形を見て、隆平の母は嫌悪感を露わにしていた。


「じゃあ、木梨さんを襲ったのは?」

 圭太は続けて尋ねた。

「俺に怪我をさせたのが、木梨さんだったからか?」


 雨の日だった。ひとりで資料室にいたところ、外から石を投げこまれた。割れた窓ガラスで圭太は左腕を怪我した。

 一瞬、逃げていく犯人の横顔を捉えた。傘を差しているせいで見えにくくはあったが、その顔は間違いなく木梨あゆみだった。

 朝に見かけたときはピンク色の傘を差していたから、黒い傘は折り畳みの物を持ちこんだかしていたのだろう。万が一、現場から逃げ去る姿を捉えられたとしても、黒い傘を差していれば犯人は男子だと見られる可能性が高い。そう予想して、傘を準備したのかもしれない。


 自分はあゆみから敵視されている。

 圭太がそう思うようになったのは、初めてまともに彼女と会話した日からだった。あゆみの言葉の裏には、棘があった。恋人との時間を奪う、空気の読めない奴だと、圭太をチクチク攻撃してきた。

 呪いを解くのに力を合わせる必要があったためとはいえ、祥吾と一緒にいすぎたのかもしれないと、圭太は後で反省した。

 恋人と過ごせずに寂しく感じるあゆみの心を、もう少し慮るべきだった。石を投げこむなんて真似をするほど、彼女を追い詰めていたとは思わなかった。

 このままあゆみを犯人にしてしまっては、可哀想だ。 

 幸い、他に目撃者もいないようだった。ならば自分さえ口をつぐめばいい話だ。圭太はあゆみを庇い、犯人の顔は見ていないと嘘をついたのだった。


「明充に手伝ってもらって、確かめて来たんだ」

 どうして颯太は、あゆみを襲ったりなんかしたのか。

 もしかしたら、自分の仇を打とうと考えたんじゃないだろうか。では、なぜ颯太は兄に怪我を負わせたのが木梨あゆみだと知っていたのか。


 中庭を挟む形で、資料室のある本校舎と旧校舎は対面している。つまり旧校舎側からも、中庭の人物が覗けたはずだ。

 騒ぎが起きたとき、颯太は旧校舎にある調理室にいた。夜になって、「昼休みに作ったから」とカップケーキを渡されたので、記憶に残っている。

 颯太はきっと調理室の窓から、中庭にいるあゆみの姿を目撃したのだ。

 だが、これだけではまだ憶測の域を出ない。果たしてあの日、本当に颯太は傘を差した人物があゆみだと気づける位置にいたのだろうか。


 一縷の望みを抱いて、確認してみることにした。旧校舎は広い。颯太以外にも、あゆみを目撃するチャンスがあった人物がいたのでは? それがわかれば、自分は弟を疑わずにいられる。

 当日のあゆみの見え方を再現するため、明充には傘を差した状態で、資料室の前の中庭にいてもらった。車椅子の明充は、あゆみの身長より低くなる。それでもさほど結果に影響は出ないだろうと判断した。

 圭太は旧校舎の各教室から、中庭の明充を確認して回った。

 結果、三階と二階からでは、傘に覆われ顔が隠れてしまうとわかった。そして一階では立ち並んだ木が邪魔になり、よく見えない。

 傘の下の明充の顔を確実に目撃するには、調理室の窓から以外では不可能だった。

 やはりあの日、颯太はあゆみの犯行の一部始終を、調理室から目撃していたのだ。


「お前は木梨さんが石を投げこむ瞬間を見ていた。俺は怪我を負わされた。だからお前は俺の代わりに、木梨さんに復讐したんじゃないのか?」

「違うよ、兄ちゃん」

「違わない。傘で隠れた犯人の顔を唯一覗き見られるのは、調理室からだけなんだ」


「そうじゃなくてね、えーっと……」

 颯太は気まずそうにこめかみを掻いた。

「木梨先輩が石を投げこむところは確かに見たよ? でもね、別に兄ちゃんのために先輩を襲ったわけじゃないんだ」


「え、じゃあなんで」

「あの日はね、朝からドライカレーの気分だったんだ。お母さんにも作ってねって頼んでおいたんだよ。覚えてない?」

「……覚えてる」


 祖母の入院で暗く沈んでいた家の中が、カレーをねだるという颯太の子どもじみた振る舞いのお陰で明るくなったのだ。


「でも兄ちゃんの怪我の病院に呼ばれたせいで、お母さんドライカレー作る時間なくなっちゃったでしょ?」


 そうだった。夕飯にピザの宅配を頼んだことを、圭太は思い出す。母のドライカレーは手間がかかっている。スパイスの調合にこだわり、何種類もの野菜をみじん切りにする必要があるので、時間に余裕があるときでないと作れないのだ。


「楽しみにしてたのになあ。木梨先輩のせいで兄ちゃんが怪我しなければ、お母さんのドライカレー食べられたのに」

「まさか……」

 これから口にする言葉を、圭太自身信じられないでいた。まさかそんなくだらない理由で、あゆみを傷つけたというのか。

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