第82話 君はいい子

 ■ ■ ■


 明充と別れた後に用事を済ませ、圭太は家路に着いた。

 家に入る前に、庭の物置に寄る。

 キッチンに行き、冷蔵庫に貼られた母の勤務表を見直した。大丈夫だ、今日は遅番になっている。今すぐ帰って来ることはないだろう。父も今朝、仕事で帰りが遅くなると言っていた。

 静かな家の中を歩き、圭太は弟の部屋に向かった。今年の八月まで、祖母が使っていた部屋だ。


 ノックしてから扉を開けると、寝転がって漫画を読んでいた颯太が、視線だけをこちらに向けた。

「あ、兄ちゃんおかえりなさーい」


 室内は、寒いほどエアコンが効いていた。思わず両手で二の腕をさすりたくなるところを、圭太はぐっと我慢した。後ろ手にしたまま話しかける。

「颯太、ここにあったばあちゃんの荷物はどうした?」


「え、片付けたけど」


 浅黄色のカーテンがあったところには今、木製のブラインドが下げられている。祖母が大事にしていた桐箪笥も和紙製の小物入れも、婦人会の仲間と一緒に作ったというビーズの犬の人形もすべて、なくなっていた。

 室内は颯太の持ち物で満ちていた。祖母の痕跡は消え失せ、まるで最初から颯太の部屋だったみたいだ。


「片付けたって……」

「うん、捨てたよ」

 颯太はあっさりと言った。


 圭太はぐっと奥歯を噛んだ。

「捨てたって、ばあちゃん死んでまだ一か月も経ってないんだぞ」


「でももう必要ないものでしょ?」

「だとしても、なんでそんなすぐ割り切れるんだよ。おかしいだろ」

「えー、そうかな? でも死んだらもうそこでおしまいだし、持ち物だけとっておいても、ねえ?」


 颯太は同意を求めるように笑いかけてきたが、圭太は無視して尋ねた。

「隆平の母ちゃん襲ったの、お前だろ?」


「え、ああ、うん……」

「それだけじゃないよな。お前他にもやってるだろ。木梨あゆみや、前に駅で絡んできた北中の奴にも乱暴したんだよなあ?」


 沈黙が流れた。

 圭太は真っすぐ弟を見据え、颯太はきょとんとした顔で兄を見返している。

 ゆっくりと、颯太の表情が変化した。「えへへ、わかっちゃった?」と照れたような笑みを浮かべる。

「ねえ教えて? どうして兄ちゃんは僕がやったってわかったの?」


「いや、わかったんじゃない。もしかしたらと思って訊いてみただけだ。そうしたらお前はあっさり認めた」

「なんだ、じゃあ否定すれば良かったのか」


 颯太の態度からは、深刻さが感じられなかった。小さないたずらを見破られた程度にしか、事態を捉えていないようだ。

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