第81話 理想の恋人

 恐怖が望を支配する。

 自分たちは、とんでもないことをしでかしてしまったんじゃないか。

 バケモノの正体を、珠代だと思って疑わなかった。珠代を供養すれば、すべて解決すると思った。

 だけど実際、珠代はバケモノを封じこめる役割をしていたらしい。

 自分たちが彼女を供養したことで、本当のバケモノを解き放ってしまった。


 恐怖はしかし、怒りへと転じた。望は今日までの日々を思い返した。

 こいつが俺たちに呪いをかけた。

 こいつのせいで哲朗は自ら命を絶ち、明充は二度と走れなくなった。


「俺がずっと曽根ちゃんだと思っていたのは、エツコあんただった」

「そうだね」

「夏休み中、哲朗の家行ったよな? 俺が線香上げに行くって言ったら、あんたついてきて……あのときあんたどういう気持ちだったんだよ。あんたの呪いのせいで哲朗は死んだってのに!」

 両脚に力をこめ、立ち上がった。恵津子を睨みつける。


「望くん、なんで怒ってるの? 悪いのはあの子のほうじゃない。四年前、先に傷つけてきたのはあの子だったでしょう? わたしをバケモノと罵ったのも、わたしを見て逃げたのも、あの子たちだったでしょう? 傷つけられたぶんを、わたしはあの子たちから奪っただけだよ」


 恵津子は望の視線を無視して、うっとりと自身の手の甲をさすった。

「昔、弟に毒を盛られてね、どろどろに肌がただれた。だから奪って、新たに自分のものにした」

 続いて片足を上げ、

「毒の力は強くて、わたしの脚はどんどん腐り、歩けなくなった。だから奪って、新たに自分のものにした」

 両手でそっと頬を挟み、

「ただれた肌のせいで見えににくくなっていた目も、抜け落ちた歯も、祥吾くんと隆平くんから奪って、新たに自分のものにした」

 やっと自由になれたし、体も取り戻せたよ。最後にそう言って、恵津子はにっこりと笑みを浮かべた。


「……俺からは何も奪わないの?」

「どうしてそんなこと思うの? 望くんはわたしに何もひどいことしてないじゃない。だから奪わないよ。その代わり、これからはずっとずーっと一緒だよ。絶対に放さないからね、望くん」

 恵津子に抱きつかれ、望は全身に鳥肌を立てた。

「ひぃぃっ……」


 逃げなければと思うのに、体が動かない。頭の芯がぼやけてくる。恐怖も怒りも、ふいに消えてなくなる。

 こいつには抗えない。

 望は本能で理解した。これから自分は、このバケモノの言いなりになるしかないのだ。

 自我が薄れていく中で、望は疑問を口にした。

「じゃあ圭太は? 圭太からは何を奪った?」


「わたしの弟はね、姉に毒を盛るような子じゃなかったの。本当はとってもいい子だったんだよ」

 だから、圭太くんから奪うことにしたのよ。恵津子が耳元で囁く。

「やさしくて可愛い、いい子の弟を」

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