第77話 実際の話
圭太は言った。
「俺たちは隆平の証言と、奥野のおばあちゃんの話を鵜呑みにしすぎていた」
奥野は長い間、珠代を強く思い続けていた。だから自分たちの話を聞いてすぐに、珠代の名を口にした。そこには、そうであってほしいという願望が含まれていたのかもしれない。
「珠代さんはある娘の怨念を鎮める儀式のために、視影に招かれた。そこで自らが生贄となって命を落とした。実際に俺たちは珠代さんの骨を視影の山から見つけ出した。じゃあ、その娘の怨念というのは、どうなったんだろう?」
祥吾が言った。
記憶を辿りながら圭太は返す。
「その娘……確かエツコ……って言ってたか。奥野のおばあちゃんが」
「うん。珠代さんという生贄を差し出されて、エツコの怨念は鎮まったのかな。実は、そううまくはいかなかったんじゃないのかな。それだけエツコの怨念は深かった。たぶん俺たちに呪いをかけたのは珠代さんじゃなくてエツコのほうだ。四年前、俺たちを襲ったバケモノの正体は、そのエツコだったんだよ」
圭太は驚いた。祥吾もまた自分と同じ結論に達していたようだ。
呪いの主はエツコ。
すると疑問が残る。どうして珠代は、最初に隆平の前に現れたりしたのだろう。彼女は呪いと無関係なんじゃないのか。
圭太がそう口にすると、祥吾は間を置かずに答えた。
「あの日、バケモノの棲み処の傍に花が供えてあっただろう。奥野のばあちゃんが珠代さんを思って供えていたものだ。覚えてるかな? 四年前、隆平はあの花の前で手を合わせているんだ。その行動が、珠代さんの心に触れたんじゃないかな」
祥吾は次に、辺見が珠代の消息を辿りはじめた時期について、圭太に確認した。
「確か、今年の四月はじめ頃からだって、辺見さん言ってた気がする」
「そうだな。ちょうど隆平の前に珠代さんが現れるようになった時期と重なる」
「もしかして――」
圭太は声を高くした。祥吾の言おうとしていることがわかった。
「家族が自分を見つけようとしてくれていると察知した珠代さんが、隆平を頼って出てきた?」
「うん、そう考えられるよね。自分はまだ視影にいる、探してほしいと、珠代さんは隆平に伝えようとしていたんじゃないかな。あの日自分のために手を合わせてくれた隆平なら、きっと力になってくれると思ったんだよ」
ぞわりと、背中の毛が逆立った。
膝から崩れ落ちそうになるのを、圭太はなんとかこらえる。
「ちょっと待ってよ、なんだよこれ……」
「圭太も気づいた?」
「うん。なんていうか、気味が悪いよ……」
今まで、自分たちは己で考え、導き出し、行動していると思っていた。
しかしここまでの流れを見直してみると、まったく違う印象が浮かび上がってくる。
人形劇に登場する人形たちに自我があったとしたら、きっと今の自分と同じ思いでいることだろう。
祥吾が言った。
「偶然にしては、できすぎてるよな」
まず辺見が珠代の消息を辿りはじめた。同じ頃、隆平の前には珠代が現れた。
隆平は四年前にその姿を見ていなかったため、現れた珠代を視影のバケモノだと思いこみ、自分たちに伝えた。
隆平から話を聞いた自分たちは、呪いを解くためバケモノについて調べはじめる。そしてすぐに奥野の存在に辿り着いた。たまたま奥野が珠代と親しかったため、彼女についての話が聞けた。そこでバケモノイコール珠代説が確定となった。
誰も、疑問を抱かなかった。
その後、幸運にも万里子を介して辺見と知り合い、全員で珠代を供養した。
これで呪いは解いたものと思った。だが、そもそも自分たちに呪いをかけたのは珠代ではなかった。
四年前に遭遇したバケモノと珠代は、別人だったのだ。
エツコと珠代。ここまですべての物事が、両者が同一人物だと誤解させるように流れていた。
そう、まるで誰かに仕組まれていたみたいに――。
「奥野のばあちゃんにそっくりな人が写っていた写真。あれがきっかけで俺たちは奥野のばあちゃんから話を聞いて、珠代さんの存在へと行き着いた。俺たちはあの写真をどうやって手に入れた?」
「あれは確か、視影に行ったときに風に乗って飛んで来たのを偶然拾って……」
「そう、手がかりとなる写真が、たまたま俺たちの元に飛んで来た。よく考えてみろ。こんな偶然あり得るか?」
「……あり得ない」
圭太は首を振った。そうだ、なぜ今までそこを疑ってこなかったのだろう。
「偶然でないなら、必然だ。最初からすべて仕組まれていたんだよ。あの写真は、俺たちを奥野のばあちゃん、そして珠代さんという存在へと誘導するために、俺たちの元へやって来た。俺たちがバケモノの正体を珠代さんだと思いこむように」
「誘導って、誰がそんなことを」
「決まってるだろう。俺たちに呪いをかけた張本人、エツコだよ。これでわかったか? はじめから俺たちが敵う相手じゃなかったんだよ。俺たちはずっとエツコの掌の上で踊らされていただけ。からかわれていたんだ。呪いは解けない」
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