第76話 誤解
翌日、圭太は再び祥吾の家を訪ねた。
車があったので、在宅なのは確かだろう。
対応に出てきた祥吾の母は、圭太を見て困ったように眉間を狭くした。
「ごめんなさい、ちょっと待っててね」
玄関先で圭太を待たせ、階段を上がっていく。二階で、息子に何か尋ねているらしい気配があった。
「祥吾の部屋へどうぞ」
戻って来た祥吾の母は、何か言いたげな顔で圭太を通した。
おそるおそる階段を上る。
祥吾の部屋には、これまでに何度も入ったことがあった。今日のように身構えることなく、毎回気楽に訪ねていた。
ドアレバーへと伸ばした手が、緊張で震えた。
ここに来るまでは単なる悪い想像であったものが、祥吾の母の様子を見てから確信に変わった。いつも朗らかな笑顔で迎えてくれる母親が、今日は暗く沈んでいた。
「祥吾、入るよ」
室内は薄暗かった。窓にはカーテンが引かれ、電灯のスイッチは切られている。
祥吾はベッドの上にいた。
「やっと来たか。圭太」
いつもと変わらない、祥吾の声だった。圭太は瞬時に祥吾の身に起きたことを理解した。
祥吾と視線が合わない。
「……目、見えてないの?」
「うん。夏休みに入ってすぐからだよ」
「そんな前から? 教えてよ」
責めるつもりなどないのに、口調が尖る。
「なんで今まで黙ってたの? その目、呪いのせいなんだろう? 呪いが終わってないって気づいてて、なんで今まで教えてくれなかったの?」
「……ごめん」
少しの間沈黙し、祥吾はぽつりと言った。
「俺の目が見えなくなったとわかってから、親は半狂乱でさ。連日あちこちの病院に連れ回されてたんだ。俺自身も見えない生活っていうのに慣れなくて、なかなか身動きが取れなかった。圭太たちに連絡つけようにもどうしていいかわからないし、見えないから外も出歩けない」
「それでも何か連絡する方法があったんじゃないの?」
圭太は隆平がすべての歯を失ったことを告げた。
「呪いが終わってないって、もっと早くわかってたなら、俺も隆平も呑気に過ごしてなんかいなかったよ。引き続き呪いを解く方法を探したよ。それができていたら、隆平は歯を失くさずに済んだかもしれない」
「いいや、無理だよ」
祥吾の口調は弱々しい。
「呪いは解けない。この呪いからは逃げられないんだ」
「なんでそんなこと言うんだよ。祥吾らしくなくない?」
「見えないと、何もすることないから暇でさ。だから考える時間はたっぷりあったんだよ」
疲れた顔で祥吾は話した。
圭太はうなずいてから、祥吾にはこちらの動作が確認できないのだと気づいて、「うん」と相槌を打った。
「俺たちは視影で珠代さんの骨を見つけた。彼女の魂を供養して、呪いを解くことができたと思った。でも、違ったんだ」
圭太はこれまでにつかんだ事柄を、祥吾に話して聞かせた。
今年の四月、隆平の元に現れるようになったとき、すでに珠代は本来の姿を取り戻していた。
それならなぜ隆平は彼女を見て、四年前に自分たちを襲ったバケモノだと思ったのか。美しい彼女とおぞましいバケモノとを結びつけられたのか。
実は、隆平はバケモノの姿を見たことがなかった。圭太たちから聞いていた特徴と照らし合わせ、現在現れている珠代を、四年前に自分を追い回したバケモノなのだと解釈した。
それが、大きな誤解を招いた。
「俺たちに呪いをかけたのは珠代さんじゃなかったんだ。だから珠代さんを供養しても、呪いはなくならない」
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