第75話 ひとりぼっちの夏休み

 颯太の荷物がなくなった部屋を、圭太はぼんやりと眺め渡した。机が置かれていた壁際には、日焼けの跡がくっきり残っている。

 数日前から、颯太は祖母の部屋を自室として使いはじめた。

 弟の痕跡が消えた室内は、がらんとして少し寂しい。二人で使うにはやや狭かった部屋は、ひとりだと今度、広すぎる気がした。


 来週には、隆平がこの町を出て行く。父親とともに、東京の祖父母の家に引っ越すのだ。孫の体を心配した祖父母が、自分たちと一緒に暮らすよう強く迫ったのだった。

 妻、息子と立て続けに不幸が起きたことで、隆平の父親は弱気になっていた。ついに長年住んだ家を手放し、仕事も辞める決心をしたという。

 隆平の母親はすでに都内の病院に移っており、隆平も引っ越した後は、祖父母が懇意にする歯科医院へと通う予定になっている。


 隆平が引っ越すことを、圭太は祥吾にメッセージで知らせた。だが数日経っても、返信は届かなかった。既読すら付かない状態だ。

 一緒に隆平の見送りに行こうと誘うつもりだったが、夏休みに入ってからの祥吾は付き合いが悪かった。


(吹奏楽部の練習って、そんなに忙しいのかな? もしくは、木梨あゆみと会ってるとか?)


 呪いは終わっていない。

 珠代の魂を供養しても、意味がなかった。

 祥吾はまだそのことに気づいていないだろう。望もそうに違いない。

 ここまで、未だ呪いが発動していないのは圭太と祥吾、望の三人。

 自分たちが次の犠牲者とならないうちに集まって、対策を練る必要があった。だが、祥吾も望もまったく連絡がつかない。


 望は大方、万里子の相手をするのに忙しいのだろう。

 では、祥吾のほうは?

 そろそろ返信があってもいいのではないか。


 しびれを切らした圭太は、何度か祥吾の家のインターホンを鳴らしたが、反応はなかった。ガレージには車もない。家族でどこかに出かけてしまっているようだ。


(まさかスマホを家に忘れたまま、家族旅行してるとか?)


 圭太はひとり焦っていた。

 哲朗も明充も呪いが発動した。隆平に至っては、一度目の発動では母親が対象となり、二度目で自身の体から犠牲を払った。

 一度呪いの影響を受けたくらいでは、済まされないのだ。自分たちにかけられた呪いは、何度だって奪いに来る。ならば明充にも、再び呪いが発動するかもしれない。あるいは今度こそ、自分の番か。


 明充とならば、話をする時間もあるだろう。

 しかし二人で話し合ったところで解決策が浮かぶとは思えなかった。結局圭太はいつも、祥吾頼りなのだ。


 圭太はベッドに身を投げ、寝転んだまますいすいとスマホを操作した。特に目的もなく、夏休みに入ってから今日までの友人たちとのやりとりを眺めた。クラスのグループトークでは、日々他愛ない発言が積み重なっていく。一つ一つ内容に目を通しているだけで、いくらか気が紛れた。


(あれ……?)

 一瞬、胸にひやりとしたものを感じた。圭太はスクロールする指を速めた。画面を流れるメンバーのアイコン。誰が頻繁に発言しているのかがすぐにわかる。


「祥吾だけ全然参加してない……」


 トーク履歴を遡っていく。

 最も近い祥吾の発言は、夏休み前のものだった。夏休みに入ってからは一度も発言していない。これは妙なことだった。祥吾はどんな場面でも一応スタンプくらいは残すタイプだ。


 嫌な予感がした。

 ただ忙しいだけ、旅行に出ているだけと思っていたが、あるいは別の理由で、祥吾は今連絡が取れない状態になっているのではないか。

 呪いは終わっていない。

 もしかしたら、すでに祥吾の身に異変が……?

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