第74話 歯

「んん……」

 突然、隆平が呻いた。奥歯に挟まったものを舌先で探っているような、妙な顔つきになっている。まだ少し残っているアイスキャンディーを足元に放り出し、両手で頬を押さえはじめた。

 歯でも痛むのだろうか。


「……っく」

 隆平は前屈みになると、何かを吐き出した。足元で放射状に広がるそれを見て、圭太は仰天した。


 血だ。血のかたまりだ。


「うえぇぇぇっ……!」

 再び隆平の口から赤く泡立ったものがこぼれ出てくる。

 地面に血だまりができる。その中心に、白く小さなものがあった。

 歯だ。


「ええ……何これ……どうしよう……なんで……」

 隆平はパニックを起こしながら、尚も血を吐いた。その拍子に、また別の歯が転がり落ちた。


 異様な光景を前にして、圭太は狼狽えるばかりで何もできなかった。ただ隆平の歯が抜け落ちていくのを見ていた。

 隆平はひきつけを起こしたように泣きじゃくっている。


「助けて」

 隆平の震える声で、圭太は我に返った。

 どうしよう。どうすればいい? 

 判断がつかない。誰か、助けてくれる人はいないのか。


「どうしたの?」

 異変に気づいたのか、コンビニから店員が飛び出てきた。口からシャツにかけてを真っ赤な血で染め上げた少年を見て、店員は血相を変えた。

「君、大丈夫?」


 隆平は冷静に答えられない。

 圭太は言った。

「歯が抜けちゃったんです」


 地面に転がった歯を見ると、店員は一瞬、身を強張らせた。だがすぐに「ちょっと待ってて」と言い置いて、店内に戻っていく。すぐに水のペットボトルを持って来てくれた。

「大丈夫だからね。落ち着いてね。口の中気持ち悪いでしょ? これでゆすいでいいからね。でもどうしてこんなに歯が……。転んだの? どこかにぶつけた?」


 別の店員が付近の歯科医院を調べ、連絡をつけてくれた。その間にも、隆平の歯は次々と抜け落ちていく。

 いつしか隆平は泣くのをやめ、地面に広がる血だまりをじっと見つめていた。


 隆平を診た歯科医師は、不可解な症状に首を捻った。医院に到着した時点で、隆平はすべての歯を失っていた。

 診察を終えた隆平が、筆談で圭太に伝えてきた。


『呪いはまだ終わっていない』

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