第70話 その後
「ばあちゃん、喜んでくれたな」
鈴を手にしたときの奥野の顔を思い出し、圭太は言った。
「うん。それになんだかほっとしたみたいだったよねえ」
隣で、隆平がしみじみと相槌を打つ。
「ああ。届けられて良かった」
祥吾はやりとげた顔でうなずいた。
三人で、奥野を訪ねた帰りだった。
珠代の骨を探し出してから、二日が経過した。
あの日、視影の山で見つけた鈴を、辺見から譲り受けた。
鈴は珠代の持ち物で、いわば彼女の形見だ。普通に考えれば、血縁者である辺見が持ち帰るものだろう。だがどうしてもこれを届けたい人がいるのだと言って、圭太たちは辺見に譲ってくれるよう頼んだのだった。
あのとき、珠代は何度も鈴の音を響かせていた。自分はここにいると訴えていたのかもしれない。あるいは、友との思い出を忘れていないという主張だったのか。
鈴は、奥野と珠代、二人の友情の証だった。奥野に持っていてもらったほうが珠代も喜ぶような気がした。これを見せれば、視影の山から確かに珠代の魂を救い出したという証明にもなるだろう。
そして今日やっと、鈴は奥野の手に渡った。
鈴を受け取った奥野は、しばらくの間放心したように眺めてた。それからふいに破顔させ、
「ありがとうねえ……」
深々と頭を下げた。
ぽたりと、奥野の目から涙がこぼれるのを見た。
今日まで様々なことがあったが、初めて圭太は良かったと思えた。
四年前の夏、自分たちが珠代と遭遇しなければ、今奥野の手に鈴はなかっただろう。辺見が祖母の願いを叶えることもできなかっただろう。
あれから辺見は、珠代の骨を祖母の元へと持ち帰った。そしてここに至るまでの経緯を、祖母に話して聞かせたのだった。
六十八年越しに、姉妹は再会をとげた。
生きて会うことは叶わなかったが、辺見の祖母は満足してくれたという。
明充はあの日、視影を出てすぐに病院へ戻った。全身泥まみれだったため、待っていた母親や看護師からきつく叱られたのだと、後で笑って打ち明けてくれた。来週には退院し、様子を見て脚の訓練をはじめるという。学校へはまだ通えないが、二学期からは車椅子通学ができるよう、学校側と調整中とのことだった。
望は相変わらずふらふらしている。視影に行った翌日には、哲朗の元へ報告に行ったらしい。そして学校でも外でも、万里子とばかり行動している。
二人の様子を見た感じでは、万里子のほうが望にべったりという印象だ。だが望のほうもまんざらではない様子で、不安定なところがある万里子を支えてやっているようだった。
「じゃあ、僕そろそろ母さんの病院行くね」
並んで歩いていた隆平が、バス停のほうへ駆けていく。
「また明日、学校で」
隆平は今、みんなと同じように登校し、放課後は母の見舞いに行っている。担任から進路について問われた際には、近くの公立高校を受験したいと答えたそうだ。
日常が戻りつつある。
珠代の魂は救われたのか。
自分たちにかけられた呪いは、消すことができたのか。
この二日間、誰にもなんの変化も起きていない。
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