第69話 骨を掘る

「俺たちも」

「ああ」

 圭太たちも動き出した。適当に間隔をあけて散らばり、地面にスコップの先端を突き立てる。

 むせかえるような土の匂いが、鼻腔を刺激した。草を切り出すたび、青臭さが辺りに広がった。昨日の雨が残る地面はやわらかく、掘りやすかった。反面、濡れた土はずっしりと重く、体力が削られていく。


 どのくらい深く掘れば、見切りをつけていいのだろう。他の場所へ移るタイミングがわからない。

 堀り進めながら、圭太はちらりと仲間たちの様子を窺った。

 祥吾と辺見は、広範囲を均等に掘り進めている。望は狭く深く掘っては、次の場所へ移るというのを繰り返しているようだ。明充はその体勢から、あまり深くは掘れないらしい。ある程度まで掘ると、続きは隆平に頼み、ずるずると這って、まだ掘られていない場所へ移動していく。

 見ただけでは、誰の方法が正解なのかわからなかった。ただ、自分は何事も深く考えるのが苦手なたちだ。


(とにかく掘っていけばいいか)


 圭太はがむしゃらにスコップを動かした。

 先端を突き立て、足を使って体重をかける。そのままスコップを深く沈め、柄を手前に引き寄せながら力をこめる。地面からせりあがってきた土のかたまりを、適当な場所に移す。そうしてできたくぼみに、またスコップの先端を突き刺す。

 何度も繰り返すうち、両腕は張り、だるくなってきた。下を向き続けたためか、首の後ろの筋が痛む。


「暗くなってきたな」

 辺見がランタンをともした。山深いこの場所は、日の傾きの影響を受けるのが早い。


「あ」と、隆平が小さく声をもらした。

「隆平? どうかしたか?」

 明充の問いかける声が耳に届き、圭太は手を止めた。見れば、明充と隆平が揃って掘った穴を覗きこんでいる。

 圭太は期待を抱き、二人に歩み寄った。

「何か見つかったの?」


 隆平が穴の中から何かを摘まみ出す。

「これって……」


 最初、圭太の目にはそれが泥にまみれた小石か何かに見えた。しかし隆平が手を傾けると、

 ――ちりん……。

 確かに聞こえた。


「鈴だ」

「どうしてこんなところに鈴が埋まってたんだろう」


「これ、もしかして奥野のばあちゃんが珠代さんにあげたっていう鈴じゃないか」

 いつの間にか、祥吾が横から覗きこんでいた。


「あ、そうそう。珠代姉ちゃんと揃いの鈴を持っていたって、せっちゃん言ってたよね」

 祥吾の背後から首を伸ばし、望が言う。


 一同はうなずき合った。

 この場所が正解なんだ。


「すみません、こっち来てください」

 圭太は急いで辺見を呼んだ。

 背中を向けて穴を掘っていた辺見が振り返り、額の汗を拭う。

「そこなのか?」


「はい」

 圭太は確信を持って答えた。

「ここです」


 それからは、鈴の見つかった場所を拠点として全員で穴を掘り進めた。

 日は完全に落ち、ランタンの明かりが届かないところは、真っ暗な闇に覆われている。


 最初に、辺見のスコップがわずかな手ごたえを捉えた。

「何か出てきたぞ」

 掘り出されたそれは、初めて目にするものだった。しかし誰もがわかっていた。


 骨だ。

 人間の骨だ。珠代の骨だ。


 示し合わせたように、一同はスコップを投げ出した。ここからは手作業のほうがいいだろう。少しずつ慎重に、骨の出てきた辺りを掘る。

 そうして長い時間かけて、ブルーシートの上に見つけた骨を集めた。


 泥だらけの六人を、朝日が照らす。気がつくと、夜が明けていた。それだけ作業に没頭していた。


「……いいかな?」

 とうとう圭太は尋ねた。これ以上は掘っても出てこない気がした。

 もう切り上げていいかな、珠代さん。

 人間ひとりぶんの骨の量など、まるで見当がつかない。ブルーシートの上には小山ができている。充分だろうという気もするし、これでは少ないようにも見えてくる量だ。

 どうかこれで、許してくれないか。

「ちゃんと、いるよ。珠代さんはここにいるから。そうだろう?」

 ブルーシートを指し示し、圭太は訴える。


 一同は珠代に注目した。珠代の姿が見えないながら、辺見も圭太らに合わせて視線をやった。

 おもむろに、珠代の唇が動いた。

 呆けたように半引きだった口を、きゅっと閉じる。わずかに口角が上がった。


「笑った……?」

 隆平が驚きと歓喜の入り混じった声をもらした。


 珠代が目を細めた。その顔は、確かに微笑んでいるように見えた。


 ――ちりん……。


 澄んだ音が響く。

 突風が吹いて、木々が揺れた。


「あっ!」

 一同が見ている前で、珠代はふいに姿を消した。


「消えた……」

「消えた? 大伯母さんが?」

 辺見が訊き返す。

「どういうことだ?」


「おそらく」

 祥吾が静かに答えた。

「成仏できたんじゃないでしょうか」

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