第71話 木梨あゆみ

 ■ ■ ■


 駅前の駐輪場で、木梨あゆみはもう一度スマホを確かめた。祥吾から連絡は来ていない。

「もう……!」

 乱暴にスタンドを蹴り上げ、自転車を走らせた。


 先週、資料室で言い争いをしてから、祥吾とはまだ一度も口を利いていない。「距離を置こう」とは言われたが、まさかまったく関わりが切れるとは思わなかった。


 昼間、学校で顔を合わせたときも、祥吾はあゆみを無視した。


「宮本くん、機嫌悪かったのかな? あゆみ気にしないほうがいいよ」

 一緒にいた友達はそう言って励ましてくれたが、あゆみのプライドは深く傷ついた。


(友達が見てる前で無視するなんて……。あれじゃあ、あゆみがフラれたみたいに思われちゃうじゃん)


 ポケットの中で、着信音が響いた。

 ブレーキを引き、画面を確認する。母親からだった。家まであと少しの距離だ。帰ってから話をするのでもいいが、着信を無視したことで、後で小言を言われるかもしれない。

 少し迷ってから、あゆみは応答の文字をタップした。今どこにいるのという母の問いかけに、もうすぐ家に着くからと答える。

「友達と遊んでて遅くなっちゃった。ごはん? うん、食べるよ。お腹空いたー」


 自転車を止めてしまったついでにと、母との通話を終えた後で、あゆみはざっとSNSに寄せられたコメントをチェックした。私服の写真をよく載せるようにしたところ、同性のフォロワーが増えた。誰もが友達のようなノリでコメントしてくれるのが嬉しい。

 少し前から、同じ町内に住んでいるとおぼしき男子がしつこく絡んできていたが、ここ数日はおとなしくなっている。まるで相手にされていないと、向こうもわかってきたのだろう。


 長文のコメントを読むのに集中するあまり、あゆみは背後から忍び寄る人の気配に気づけなかった。


 突然、後頭部に強い衝撃を受けた。あゆみは前のめりなった後、自転車ごと歩道に倒れた。意識が朦朧とする中、腕を強く引かれたのを感じた。ぐいとななめに引きずられ、無理やり仰向けの体勢に変えられる。

 あゆみの体は、地面に投げ出される格好となった。


 視界の端に、何かが映る。この場に不似合いな、呑気なものが――。


 声を上げようとした瞬間、顔面を殴られた。視界が回転する。殴られるたび、自分の意思とは無関係に頭が揺れた。

 相手の顔を確認する間もなく、あゆみは意識を失った。

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