第30話 標的
遺影の前から離れ、望は哲朗の母が淹れてくれたお茶を飲んだ。これからも哲朗に会いに来ていいですかと尋ねると、哲朗の母は静かに涙をこぼした。
最後に会ったとき、哲朗は言っていた。
「俺がこんな体になったのは、バケモノの呪いだったりして」
哲朗の症状は不可解だった。どんな薬も治療法もきかず、医師は原因を突き止められない。これには人知を超えた力がはたらいているんじゃないか。
つまり、呪いだ。
タイミング的にも、呪いが原因という考えは的外れではない気がした。哲朗の体に発疹ができはじめたのは、視影でバケモノに襲われて間もなくだった。
「俺、あんなことしなければ良かったよ……」
ことあるごとに、哲朗はそう口にした。
あの夏、穴倉の中でバケモノを見つけたときだ。
最初はぼろ布がまとめて捨てられているのかと思った。
冒険気分が削がれたのか、哲朗はぼろ布に向かって唾を吐いた。続いて明充が「つまらねえな」とぼろ布を蹴った。
真っ先に気づいたのは、望だった。
布が動いている。
これは、ただのぼろ布なんかじゃない。動物が作った寝床なんじゃないか。布の下に、何か生き物が隠れているのだろう。
まだ当たり散らそうとする二人を、望は慌てて制止した。
「やめろよ。可哀想だよ」
しかし望の予想は外れ、ぼろ布の下から出てきたのは、おぞましい姿をしたバケモノだった。
「あのとき俺が唾を吐いたから、バケモノは怒ってるんだ。だから今俺をこんな目に遭わせてるんだ。きっとそうだ」
哲朗は激しく後悔していた。
哲朗の家を出て少し歩くと、望はスマホを取り出した。昨夜祥吾から送られてきたメッセージを表示させる。隆平の元に、バケモノが現れるようになったという報せだった。祥吾はこれを、呪いが発動する前触れではと解釈していた。
メッセージを読んで、望は確信した。やはり、哲朗の症状は呪いによるものだったのだ。
哲朗が命を絶ったことで、呪いの標的は次に移った。だからこのタイミングで、隆平の元にバケモノが姿を見せたんじゃないか。
次に呪いが発動するのはお前だという、バケモノからの予告。
あの日、バケモノの棲み処に近づいた六人には、順に呪いが発動していくようになっているのかもしれない。
近いうち、自分にも呪いが巡ってくるはずだ。想像しただけで足が震えた。
そこで望は思い出す。呪いの可能性を示唆した際に、哲朗は言っていた。「望、お前は大丈夫だよ」と。
「だってお前はあのバケモノに何も手出ししてないじゃん。呪われる理由ないだろう」
言われてみればあの日、自分はバケモノに危害を加えなかった。哲朗や明充と一緒になって、唾を吐いたり蹴ったりはしなかった。
もしも、哲朗の予想が正解だったとしたら、次に呪いが発動するのは、目の前にバケモノが現れたという隆平ではなく、明充のほうなんじゃないか。
最初に手を出した哲朗が、真っ先に呪いの影響を受けた。そして哲朗の次に手を出したのは、明充だ。
明充が標的にされる可能性が高い。
急いでスマホをポケットに押しこむと、望は走り出した。
今すぐ明充と会って、話をしなければ。
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