第28話 マントの下

「仕方ないって?」

「俺のことはもういいだろう。それより望、お見舞い行くんじゃないの? 時間大丈夫なの?」

「うん、行くよ。でもまだいいよ。せっかく会ったんだし、もうちょっと哲朗と喋っときたい」

「俺、この後診察ある」

「ああ、時間ない感じ?」

「うん」


 哲朗の態度が変わったのは、望の何気ない一言だった。

「そっか。じゃあ連絡先交換しとこう?」


「はあ? なんで?」

 哲朗は嫌悪感を露わにした顔で、望を睨みつけたのだ。


「なんでって、なんとなく?」

「連絡先なんてお互い知らなくていいだろ。俺たち別にそこまで仲いいわけじゃないし」

「え、何それひどくない? 傷つくわー」

「傷つけられたのは俺のほうだよ」

「ん? 何が?」


「まさか、覚えてないの?」

 哲朗の声が尖る。

「お前らが昔、陰で俺のこと馬鹿にしてたの、気づかれてないと思った? 偶然再会したくらいで友達ヅラすんのとかおかしくない? 俺そういうノリほんと苦手なんだよね」


「いや、でも……」と言いかけたところを、「何がでもなの?」とすごまれ、望は視線を泳がせた。

「そんなマジなトーンでとられてたとは思わなくて……。友達ヅラっていうか、俺普通に哲朗のこと友達だと思ってるし」


 確かにあの頃の自分は、哲朗を下に見ているところがあった。だがひとたび遊びに夢中になれば、互いの力関係などつまらないことだと気づく。自分たちはただ仲のいい遊び友達だ。哲朗のほうでもそう感じているはずだと、望は今まで疑いもしなかった。

「……ごめん」


「今さら謝ってくれなくていい」

「ううん、謝らせて。ごめん。悪かった。こっちは冗談のつもりでも、言われたほうは傷つくってことあるよな。俺馬鹿だからそういうの鈍いんだ。調子に乗ってすぐ人のこと傷つける。だめなんだ、昔から無神経で――」


 そのせいで、他にも傷つけた人がいる。その人にはまだ謝れていない。だからこそ次にまた同じ間違いをしたら、時間を置かずに謝ろうと望は決めていた。

「本当にごめんなさい」


 少しの沈黙の後、

「いいよ、もう……」

 哲朗は突然態度を和らげた。


「許してくれるの?」

「許すっていうか、本当はそんなに気にしてないんだ。今のはただの八つ当たり。俺こそ急に昔のこと引っ張り出してごめん。ちょっと今俺、色々不安定で」

「哲朗、大丈夫なの?」


 思わぬ再会を果たし、望はここが病院だということを忘れかけていた。

「あ、ちょっと座る? もしかしてすっごい体調悪いとか?」

 そういえば、哲朗の顔が傷だらけなのも気になる。


 望の視線に気づいたのか、哲朗はそっぽを向いた。

「俺の顔、ひどいだろ?」


「いや、そんなでもないけど……」

「正直に言えよ」

「わかった。うん、ひどいね。どうしたの?」


 哲朗はちょっと考える仕草をみせた。そうして、

「俺の体、見てみる?」


「え、なんで……」

 と、そこで望は口をつぐんだ。

 哲朗の顔が強張っている。

 きっと今の発言をするのに、かなりの勇気を振り絞ったのだ。それほど、何か伝えたいことがあるのだろう。

 哲朗の気持ちに応えたい。

「うん、見せて」

 望は哲朗を真っ直ぐ見つめた。


 移動した多目的トイレの中で、哲朗は体を覆っていたマントを取り払った。マントの下は裸だった。下着も何もつけていない。

「え……」

 望は目を疑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る