第27話 変な恰好した奴
■ ■ ■
「望くんが遊びに来てくれて、哲朗きっと喜んでいるわ」
そう言うと、哲朗の母は息子の遺影へと目をやった。
「なんかすみません。本当はもっと早く来たかったんですけど……」
須田望は頭を下げた。すすめられた座布団に腰を下ろし、遺影の中の哲朗と向き合う。
線香を上げる手順がよくわからず、もたついた。哲朗の家には仏壇がない。小さな座卓が、その役割を果たしていた。
一礼してから振り返ると、哲朗の母は呆けた顔で宙を見つめていた。
「あの……」
声をかけたが、反応がない。望は相手から視線を外し、そっと室内を見回した。黄ばんだ壁紙に、色褪せへこんだ畳。擦り切れたカーテンと化粧板のとれかかった家具。
うらぶれた部屋に、線香の香りが漂う。
哲朗の母の唇が、かすかに動いた。
「なんで、どうして、まだ……、意味がわからない……こんなのひどいじゃない……」
しばらくうわ言のようなものをつぶやいていたが、何がきっかけか突然我に返り、
「あら、わたしったらぼうっとしちゃって、ごめんなさいね」
と口角を引き上げた。
奇妙な表情だった。本人は笑っているつもりなのだろうが、全然笑えていない。
「お茶淹れるわね。望くん、もう少し哲朗と話してあげてくれる?」
哲朗の母が台所へと消える。
ひとりになって、望は改めて遺影に目をやった。まだ症状が悪化する前の哲朗の笑顔が、そこにはあった。
望は静かに語りかけた。
「哲朗お前、強いんじゃなかったのかよ。絶対死なないんじゃなかったのかよ。なんで死んだりなんかしたんだよ……」
望が哲朗と再会したのは、一年程前のことだ。
バイクで事故ったという先輩を見舞うため、望は病院を訪れていた。朝から強い日差しの降り注ぐ日だった。まだ五月のはじめだったが、半袖姿の人もちらほら見られた。
正面玄関を通過し、受付の横を通り過ぎようとしたところで、望の目は奇妙な風体の者へと吸い寄せられた。
その者は、首から下を黒いマントのような布ですっぽりと覆い、頭に巨大なつばのついたハットを乗せていた。唯一露出している顔は、絆創膏とガーゼだらけだった。
それでも、望は気づいた。あの頃と比べ、だいぶ見た目が変わっているが、その特徴的な細い目には覚えがあった。
「哲朗?」
咄嗟に声をかけた。相手ははびくりと肩を震わせた後、怯えた顔で望を見た。
「もしかして、望?」
「そうだよ。久しぶりじゃーん。え、何? 哲朗の家ってこの近くだったの?」
「あ、ああ……」
「すっげえ、こんなとこで会うなんて思わなかったよ。だって哲朗が引っ越したのって……あれ? いつだっけ?」
「小六んとき」
「ああー、そうそう、そうだった。うわー、偶然。引っ越しって聞いて、なんとなく遠くをイメージしてたけどさあ、案外近くに住んでたんだなー。ていうか二駅しか離れてないじゃん」
「う、うん。そうなんだよ」
「今さあ、俺先輩の見舞いに来てんだよ。先輩ここに入院してて」
「へえ、そうなんだ」
言葉を交わしてすぐ、望は哲朗の態度を不審に感じはじめた。哲朗はしきりに視線を泳がせ、周囲を気にしている。
「で、哲朗は今日どうしたの?」
望は重ねて問いかけた。
「ていうかさ、何その服? コスプレか何か? 暑くないの?」
哲朗が周りの目を気にするのは、おかしな恰好をしているせいだろうと考えた。
一瞬、間を空けて「暑いよ」と哲朗はかすれた声で答えた。
「でも仕方ないんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます