第24話 記録的な長寿

「どうかしたの?」

 横から祥吾の手が伸びてきて、写真をさらっていく。

「何これ」

 祥吾は写真を指先で摘まみ、顔の前に掲げた。驚いたように目を見開く。

「この人、奥野のばあちゃんじゃん……」


「奥野?」

 圭太には聞き覚えのない名前だった。

「誰それ」


「ほら、小学校のときよく通学路で挨拶してくるばあちゃんいたの、覚えてない? 生徒が歩きづらい道とか、ボランティアで草刈りしてくれたりさあ」


「ああ」

 思い出した。下校時刻になると、決まって学校周辺に現れていた人だ。道端に立って、通りかかる子どもひとりひとりに「おかえりなさい」と声をかけていた。

「あの人、奥野さんていうんだ」

 見かければ義務的に挨拶する程度で、圭太は相手がどこの誰なのかまでは把握していなかった。

「祥吾、なんでそんなこと知ってるの?」


「本人に聞いたことあったから」

「へえ。俺、あの人とは帰りの挨拶以外、話したことないや」

「そういえば四年前、ここに来る途中で奥野のばあちゃんとすれ違ったよね」

「え、うそ覚えてない。そうだったっけ?」

「どこ行くんだって、ばあちゃんから声かけられたじゃん」


 そうだ。圭太は思い出した。あのとき奥野は「そっちに行っても遊ぶようなところはない」と、自分たちを安全なほうへ導こうとしてくれた。そんな奥野を軽んじて、視影に入り、自分たちは件のバケモノと遭遇した。

 奥野の言葉をちゃんと聞いていれば、せめて話しかけられたときに自転車を止めるくらいの礼儀が自分たちにあれば、現在呪いに怯えることもなかっただろう。

 圭太の胸に苦いものが広がる。


「おかしいな」と、隣で祥吾が首を傾げた。

「この写真、かなり昔に撮られたものだよ」


「白黒写真だもんな」


「それにこの場所はたぶん、あそこの神社だよな」

 祥吾は一度背後の山を振り返ってから、再び写真に目を落とした。

「祭りの準備風景を撮影したのかな。ということは、まだ視影に住人がいた頃のものだ。そんな古い写真に、どうして奥野のばあちゃんが写ってるんだろう」


「そうだ、変だよなあ」

 写真を目にした瞬間に感じた奇妙さは、これが理由だったのか。

 写真はいつ頃撮られたものなのか、正確な年代はわからない。しかし、これが合成や作りものでないのなら、奥野は記録的な長寿ということになる。

「やっべぇ、鳥肌立ってきた。おばあちゃんすごい長生き」


「いや、驚くのはそこじゃないよ。よく考えて圭太、普通こんなに長い間、見た目の変わらない人がいる?」

「ああ、そういえばそうだ」


 写真の奥野と、圭太が小学生時に顔を合わせていた彼女とは、外見的な変化がほとんどない。高齢者の年齢はわかりにくいが、おそらくどちらも八十か九十代くらいだろう。


「そもそもここまで長生きする人間がおかしい」

「じゃあ、この写真はどういうこと?」

「他人の空似にしては、似すぎてる。たぶんここに写っているのは奥野のばあちゃんじゃなくて、ばあちゃんと血の繋がりがある誰かなんじゃないかな」


「先祖とか?」と口にして、圭太は気が付いた。「てことは……」と、祥吾を見る。


 祥吾はにやりと笑って言った。

「手がかりを見つけたかもしれない。奥野のばあちゃんの家系は、元々視影に住んでいたんだ」

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