第25話 束縛

「おばあちゃんはバケモノのこと何か知ってるかもしれない」

「うん。期待しすぎは良くないけど、少しは望みが出てきたな。早速明日、奥野のばあちゃんに会いに行ってみよう」

「祥吾、家知ってるの?」

「いや、家まではさすがに……。でも夕方に小学校付近を探せば、会えるんじゃないかな。今でも声かけ運動しているなら」

「声かけ運動?」

「奥野のばあちゃんは道に立って挨拶しながら、子どもたちを見守ってただろ? 隣の小学校なんかだとたまに不審者が出たって話聞いたけど、俺らの学校では一度もそんなことなかったし、たぶんばあちゃんの存在が抑止力になってたんだと思う」

「あの人、不審者を子どもに近づけさせないために毎日道端に立ってたの?」


 てっきり寂しい年寄りが、話相手欲しさにやっているものと思っていた。


「うん。誰かが監視しているとわかれば、不審者も簡単には近づけないからね。俺たちみんな、そうやって奥野のばあちゃんに守ってもらってたんだ」

「へえ、そうだったのか」


 奥野に挨拶する際、圭太の中には傲りがあった。年寄りの相手をしてやっているぞと、上から目線で奥野を見ていた。だが実際、世話をされていたのは自分のほうだったのか。


 圭太が複雑な思いにかられている横で、祥吾がスマホを取り出す。

「怖っ!」

 少し操作して、頬を引きつらせた。


「どうしたの?」

 圭太が問うと、祥吾はうんざりした顔で答えた。

「彼女から。ストーカーかよって数のメッセ来てる」


「え、何それ」

 そういえば昨日の帰り道でも、祥吾の元にしつこく連絡が来ていたことを圭太は思い出した。

「彼女、束縛系?」


「いや、付き合う前はこんな感じじゃなかったんだけどな……」

「彼女なんだっての?」

「本当に今圭太と一緒にいるのか、二人で撮った画像送れってさ。たぶん俺が嘘ついて他の女の子と一緒にいるとか、疑ってるんだと思う。あのさ、悪いけど圭太、ここを出たら適当なところで一緒に写真撮ってもらっていい? 送らないと、たぶん明日また学校でぐちぐち言われる」


 祥吾は急いで歩き出した。圭太も後に続く。

 祥吾の口から学校という単語が出たので、圭太は昨日から気になっていたことを尋ねた。

「なあ、祥吾の彼女って誰なの? 部活の後輩?」


「ううん、向こうも同じ三年」

「誰?」

「あゆみ」


「え、あゆみって、まさか木梨あゆみ?」

 圭太は声を大きくした。

「マジで?」


 木梨あゆみは、隣のクラスに在籍する女子だ。大きな目に、すっきりとした鼻筋、やや厚みのある唇を持ち、華のある顔立ちをしている。学年の男子のうち、おそらく半数以上があゆみに好意を寄せているなどという噂が出るほど、彼女の美貌は飛び抜けていた。彼女目当てに、他校の生徒が校門前で待ち伏せていたこともある。

 あゆみが雑誌に載ったと聞いたとき、圭太はこっそりそのファッション誌を買いに走った。元々、圭太にとってあゆみは遠くから眺めるだけの存在だったが、紙面の彼女はさらに遠く、完全に手の届かない相手に感じられた。


「嘘、すげえ。え、待って、どっちから告ったの? 祥吾から?」

「いや、あゆみのほうから」


 興奮で早口になる圭太に対し、祥吾は落ち着いている。それどころか、あまり触れてほしくなさそうにも感じられた。

 圭太から見れば、あゆみに告白され付き合うなど奇跡みたいな出来事だが、祥吾にとってはなんでもないことなのだろう。


「でも意外だな。木梨さんが束縛系だったなんて」

「圭太と撮った画像送れば、ひとまず落ち着くと思うんだ。撮り終えたら俺はそのまま隆平のメモを受け取りに行くよ」

「そっか、今日は祥吾の番だっけ」


 連絡手段を持たない隆平と、果たしてどうやりとりするべきか。昨日、通話を切る間際に打ち合わせておいた。

 隆平には一日に一度決められた時刻に、部屋の窓からメッセージを書いたメモを落としてもらう。圭太と祥吾はこれから毎日交代で、そのメモを拾いに行く。メモを読めば、その日隆平の身に起こった変化などを知ることができるというわけだ。

 こちらから隆平にメッセージを送る手段はまだ見つけられていない。当面はこれで隆平の無事を把握していくしかないだろう。


「じゃあ頼むな。明日は俺が隆平んとこ行くから」

「うん」


 圭太と祥吾はさらに足を速めた。

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