第23話 誰かの跡

 放課後、圭太と祥吾は再び視影の地を踏んだ。

 部活を抜けて来たため、太陽はまだ高い位置にあった。探索をするには、明るいほうがいい。

 四年ぶりの視影は、何も変わっていないように見えた。あの日から特に荒れた様子もない。これ以上に荒れようがないのかもしれない。


「望、やっぱり学校来なかったな」

 瓦礫の上を歩きながら、圭太は言った。

 こんなときに学校をサボって遊び回れるなんて、呑気な奴だ。あるいは今頃、呪いの恐怖にひとり震えているのだろうか。

「未だに望からの反応はなし?」


「うん。昨日のうちに既読はついたけど、何も言ってこない」

 祥吾が肩をすくめる。


「あいつ、何やってるんだろうなあ」

 圭太は視線を上に向けた。

 早く望と会って、解呪について話し合いたかった。その際、明充との間に何があったのかも尋ねるつもりだ。


「後でまたメッセしてみるよ」

「うん、そうだね」


 圭太と祥吾は廃屋を一軒ずつ、丁寧に調べていった。バケモノについて記されたものがないか、見つけるのが目的だった。

 もしも視影の住人がバケモノの存在を認識していたのなら、どこかに詳細を書き残しているかもしれない、というのが祥吾の見解だ。


「なあ、山の上の神社はどうする? 集会所みたいな感じの小屋があったよな? あそこも中を探ったほうがいい?」

 圭太は、ここに来るまで気にかかっていたことを尋ねた。


「うん。だけど圭太……あそこ行けるか?」

 祥吾の顔が強張った。

「正直、俺はまだあの山に近づく勇気がない」


 バケモノと遭遇した場所だ。再び足を踏み入れるには、覚悟がいる。

 圭太も祥吾と同じ思いだったので、内心ほっとした。祥吾から神社に行こうと誘われた場合、なんと言って思いとどまらせようかと考えていたところだった。

「山に行くのは最後の手段にしようか。この辺を探せば、何か一つくらいは手がかりが見つかるよ」


 それからしばらくの間、黙々と探索を続けた。

 四年前の宝探しの続きをしているようだった。あのときは明充たちに付き合い、仕方なく探しているふりをしていた。しかし今回は真剣だ。自分たちの未来がかかっているのだ。


「おい、こっち来てみろよ」

 少し離れたところを探っていた祥吾が、圭太を呼んだ。


「何?」

「ここなんだけど……」


 祥吾が指し示したところには、折り畳まれた毛布があった。くたびれてはいたが、長く放置された廃屋の中では、やけに新しく感じる。


「何これ、誰の?」

「わからないけど、誰かがここに出入りしているのは間違いない」


 毛布をどけると、下からプラスチック製のケースが出てきた。ケースの中には帽子と虫除け、日焼け止め、ウエットシートとリップクリームがおさめられていた。どれもまだ新しい。


「肝試しに来た奴がここに置いて行った……って感じじゃないよな」

「ある程度の時間ここで過ごすための道具。これを置いたのは女だな」


「こんなところでピクニックでもするつもりか?」

 圭太は首をひねった。

「頭がどうかしてるな」

 ここがどんな場所か、見てわからないはずないだろう。

 どうやら酔狂な女が、視影に出入りしているようだ。


「とにかくばったり会ったりしたら面倒だから、ここからは気を付けて行動しよう」 

 祥吾は周囲を警戒した。

「なんとなくさっきから、視線を感じるんだ。誰かに見られている気がする」


「俺たち以外に、人がいるのかな」

「人だったらいいんだけど。あるいは……」


「ちょっ、怖いこと言うなよ」

 圭太は首を縮めた。

 気が付けば陽は傾き、辺りは薄闇が差している。


「あーあ、結局手がかりになりそうなものは見つけられそうにないな」

「次の一軒を探して、今日のところは引き上げよう」


 隣の廃屋に移り、二人は探索を再開した。崩れ落ちた屋根の一部や抜けた床に注意しながら、細々としたものを拾っては見分していく。


「ここもだめだった。だいたい、まともに形が残っているもの自体少なすぎるんだよ」

「紙類は劣化が激しくて、見つけてもほとんど文字が読めない」

「やっぱりここで手がかりを見つけるのは無謀だったか……」


 廃屋から這い出て、二人は来た道を辿ることにした。

 そのとき、一陣の強い風が吹き抜けた。


「うわっ……!」

 薄く小さなものが飛んできて、圭太の鼻先をかすめた。地面に落ちたそれを、何気なく拾い上げる。

 一枚の白黒写真だった。

 見た瞬間、奇妙な思いにかられた。「これは……」と口を開いたものの、言葉が続かない。

 自分は一体、この写真のどこに引っかかっているのだろう。


 撮られた場所は、どこかの境内のようだった。山の上の神社かもしれない。隅のほうに、何かの骨組みを組んでいるらしき男たちの姿が写っている。彼らの頭の上には、提灯の列が垂れ下がっていた。祭りの準備風景をおさめたものらしい。

 圭太が気になったのは、写真の中央に写る老女だった。胸に赤ん坊を抱き、視線は右斜めを向いている。

 見覚えのある顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る