第22話 お前らアホすぎ
明充をつかまえるのは、予想外に時間がかかった。
昼休みに入って間もなく教室を覗いたときには、すでに姿はなかった。慌てて学校中を探し歩いたが、明充とは行き合えなかった。
念のため訪れた部室棟で、ようやくその姿を見つけた。
圭太と祥吾が明充に声をかけたとき、昼休みの残り時間はあとわずかになっていた。
「明充、ちょっといい? 話あるんだけど」
と言った圭太に、明充は瞬時に返した。
「あ、俺今時間ないんだわ」
その一言から冷たく鋭利なものを感じとり、圭太は舌を引っこめた。機嫌が悪いところに出くわしてしまったのかもしれないと思った。
圭太を横目に見てから、祥吾が口を開いた。
「聞いて、明充」
一歩、距離を詰める。そのぶん明充は身を引いた。
「大事な話なんだ」
明充の返事を待たず、祥吾は語り出した。隆平の前に再びバケモノが姿を見せたこと。この現象は、呪いが発動する報せではないかということ。
「ここから先は、俺の推測だけど」と前置きしてから、祥吾は今朝圭太にも伝えた考えを付け足した。
過去に視影で起きた不審死は、バケモノの呪いのせいだったのではないか。このままでは自分たちも視影の住民らと同じ結末を迎えるのではないか。
祥吾が話をしている間、圭太は明充の顔色を窺った。
妙な反応だった。
最初、明充は驚き、恐れの色をにじませた。しかしすぐに興味を失ったようになり、今は暗い目つきで祥吾を見据えている。
そんな明充の態度に、祥吾も違和感を抱いたらしい。一度話を中断して訊ねた。
「あ、もしかして今の話もう知ってた? 望から聞いてる? 俺、昨日のうちに望には知らせてたから」
瞬間、明充の顔が歪んだ。
「知らねえよ。あいつの名前なんか出すな」
憎々しげにそう言い放った。
虚を突かれた顔で、祥吾は息を呑む。
圭太は不思議に思った。
明充と望は昔から仲が良かったはずだ。二人の間に何かあったのだろうか。ケンカ中なのか? だとしたらなんてタイミングだろう。今こそ一致団結し、呪いの解き方を探すときだというのに。
「そうだ、明充。俺たち呪いを解こうと思ってるんだ」
圭太は強引に話を進めようとした。
「解き方、わかるのかよ」
「それはまだだけど……絶対方法を見つけてみせる。そのために明充、力を貸してくれない? 一緒に呪いの解き方探そうよ」
期待の眼差しを明充に向けた。
明充からは冷ややかな視線が返ってくる。
「なんで俺までそんなことしなきゃなんねえんだよ。面倒くせえ」
「はあ? 面倒ってなんだよ!」
圭太を思わず目を剥いた。
明充を恐れ敬っていたのは昔のこと。現在の明充はぱっとしない。だから強気に出られた。
「明充だって呪われてるんだからな! 解かないとだろ、呪い」
「いや、俺には関係ねえし」
「関係ないって、どういう意味だよ」
伝え聞いただけでは危機を実感できないのだろうか。それとも、すでに諦めて自棄になっているのか?
「明充、もしかして諦めてるの? もっと深刻に考えろよ。このまま呪いに怯えながら生活するなんてありえないだろ? だからみんなで力合わせてさあ、呪いを解こうって! なあ?」
口調に熱が入る。
「バケモノの正体がわかれば、呪いを解く手がかりがつかめるはずなんだ。なあ、そういう話だよな祥吾?」
途中で受け売りだと気づき、圭太は祥吾に話を振った。
「ああ」
祥吾が顎を引く。
「だからまず俺たちは今日の放課後、視影に行ってみることにしたよ。何かとっかかりになりそうなものを探してくる」
午前のうちに、圭太と祥吾は視影行きについて相談していたのだった。
「隆平はまだ家から出られないみたいだし、哲朗の連絡先はわからない。望は連絡したけど返事がない。だから今動ける俺たちだけでも――」
「なあ」
祥吾の言葉を遮って、明充は声を張った。
「視影に行ってみて、どうにかなるの? 何かわかるの? もし不発に終わった場合、その後は? 何か別の方法を考えてるの? 具体的な策でもあるわけ?」
「具体的って……」
「あれだよ、スマホで調べれば、あのバケモノの正体がわかったりするとか? 呪いの解き方も? そんな簡単にいくわけないことくらい、お前らわかって言ってるんだよなあ?」
一体何が気に障ったのか。明充は攻撃的な口調になった。
「ていうかお前らさ、よく考えたわけ? あのときバケモノ言葉を聞いたのも、今またバケモノが現れたって言ってるのも隆平だけだろ。俺自身は何も聞いていないし、バケモノを見たのだってあの夏一回きりだ」
「……何が言いたいわけ?」
「ちょっとおかしくねえかって話だよ。隆平は嘘をついてる。お前らは隆平にかつがれている。そういう可能性だって考えられるだろう? お前らは隆平の話をまともに受け取りすぎなんだよ。中三にもなってバケモノだの呪いだの大騒ぎして、アホすぎ。聞いてて恥ずかしいわ。もっと現実見ろよ」
じろりと睨みを利かせ、明充は吐き捨てるように言った。
「もういいだろう。そういうのは余所でやってくれ。俺はお前らみたいに暇じゃねえから」
本校舎のほうへと歩き出す。
祥吾が声を張り上げた。
「隆平は嘘なんかついてない!」
明充が足を止める。だけど振り向かない。
「明充は直接隆平の声を聞いてないだろ。隆平と話してないだろう? それなのに嘘だと決めつける明充のほうがよほどアホだよ。俺はちゃんと隆平と話した。だからわかる。あの怯え方は本物だった。隆平は絶対、嘘なんかついていない!」
祥吾は言い募った。
その勢いに押され、圭太も口を開いた。
「そ、そうだよ。明充はなんでそんな無関心でいられるの? 自分は関係ない、自分だけは違うみたいな言い方、おかしいだろ。明充は呪いが怖くないのかよ」
しばしの沈黙が流れる。明充は絞り出すように言った。
「……怖くねえよ」
肩越しに振り返ると、圭太と祥吾を睨みつけた。
「俺とお前らとでは、全然状況が違うからな」
「は? なんだよそれ」
「わからないか? 俺とお前らは違う。俺は奪われて怖いものなんか何も持ってない」
「命を奪われるかもしれないんだぞ。死ぬんだぞ。それでも怖くないのかよ」
「全然。死んだら今の生活を終わらせられるってことだろう。むしろ清々するよ」
視線を外すと、明充は再び振り返ることなく、二人から離れていった。
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