第18話 ばあちゃんの部屋
■ ■ ■
祖母の食事を乗せた盆を、静かに運ぶ。今晩の献立は柔らかく炊いた飯と、細かく具を刻んだ味噌汁、食べやすくとろみをつけた煮物と煮魚だ。
ここ数日は調子がいいという祖母だが、物を飲みこむ力はやはり以前より衰えている。
祖母の部屋の前で、圭太は声をかけた。
「ばあちゃん、ごはん持って来たよ」
「はあい」
返ってきたのは、弟の声だった。
すぐに扉が開き、颯太が顔を出した。
「颯太お前、いっつもここにいるのな」
圭太は呆れて言った。
「だってばあちゃんの部屋、居心地いいんだもん」
颯太は唇を尖らせる。
「僕たちの部屋は、むしむしするし」
圭太と颯太は二階の一室を、共同で使っている。部屋自体は中学生男子二人が息苦しさを感じない程度の広さがあるのだが、対して窓は小さく、風通しが悪いのが難点だった。
快適さを求めて、またはただの甘えたがりなのか、颯太は祖母の部屋に入り浸っている。
「颯太の相手なんかしてたら、ばあちゃん疲れちゃうだろ」
祖母は病のため、一日の大半を自室のベッドで過ごしている。
「えー? そんなことないよ」
颯太はベッドへ視線を移した。
「ねえ? ばあちゃん?」
「いいのよ圭太。ばあちゃんも横になっているばかりで退屈していたし、颯太とお話するのは楽しいから」
上半身を起こしながら、祖母は柔らかく微笑んだ。
颯太が駆け寄り、慣れた手つきで祖母の背中にクッションをあてがう。
さすがだな、と圭太は素直に感心した。祖母の介護については、自分より弟のほうが上だ。
「ありがとうねえ、ありがとうねえ」
元気だった頃と比べ痩せてしまったけれど、祖母の顔には病人特有の悲愴感はなく、ころころと笑う仕草はまるで少女のようだった。
圭太は備え付けのテーブルに盆を置いた。
「ばあちゃん、魚ほぐしてあげるね」
颯太がスプーンをとる。
弟が魚をほぐす間、圭太は手持無沙汰に室内を見回した。
祖母自身の持ち物は少なく、颯太の私物があちこちに積み重なっている。持ちこんでは置き忘れを繰り返すうち、こうなったのだろう。私物を片付けるよう注意しても、颯太は調子のいい返事をするばかりでなかなか実行しない。当の祖母は「別に置いたままでいいわよ」と笑って許している。
颯太みたいなのを、愛嬌があるというのだろうか。ゆるやかな手つきで祖母の口に煮魚を運ぶ弟を眺めながら、圭太は思った。
感情表現が豊かで人懐こい颯太は、年長者から可愛がられやすい。一方、圭太は昔から生意気で愛想がないと言われることが多かった。
「俺そろそろ代わるよ」
颯太からスプーンを受けとり、茶碗からごはんをすくう。慣れない手つきで、祖母の口元に持っていった。
「ありがとうねえ。やさしい孫が二人もいて、ばあちゃん幸せだわ」
祖母はゆっくりと咀嚼した。
「美味しいねえ」
颯太と交代で介助を続け、祖母の食事が終わりに近づいた頃、母から呼ばれた。
「圭太、ちょっとこっち来なさい」
母の声は明らかに苛立っていた。
「ごめん、ばあちゃん」
「兄ちゃんいいよ。後は僕がやるから」
「圭太ありがとうねえ。ばあちゃんはいいから、早くお母さんとこ行きなね」
居間に顔を出すと、思った通り母は殺気立っていた。
「圭太! 今電話あったわよ。あんた隆平くんの家で何か失礼なことしたって?」
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