第14話 記憶の中のげっ歯類

 ■ ■ ■


「明充と望の連絡先、知ってる?」

 帰り道に祥吾から訊かれ、圭太は小さく首を振った。

「いや、知らない」


 隆平の場合と同じく、二人とも中学入学後から交流が少なくなっていた。三年の今では、話をする機会もない。


「二人にも呪いが発動したかもしれないって、伝えとかないとな」

「明充には明日学校で話そう」

「そうだな。望のほうは、帰ってから調べてみるよ。あいつ交友関係広いから、たぶん誰かしら連絡先知っているとは思う」


 望は一年の後半から、学校に寄り付かなくなっていた。派手な仲間たちとつるみ、毎日遊び回っていると噂に聞く。たまに校外で見かけるたび、望の髪色は明るくなっている。


「望はいいとして、問題は哲朗だな」


 圭太は哲朗のげっ歯類めいた顔を思い浮かべた。

 哲朗はあの年の夏休みが明けて間もなく、S町から引っ越していた。


「一応、卒業した先輩とかに哲朗の行方を訊いてみるけど、難しいだろうな」

 祥吾が渋い顔になった。


 小学校で哲朗と同学年だった面々は、そのまま中学でも圭太たちの一年先輩になった。圭太も祥吾も、いまだ卒業した先輩たちと連絡を取り合っている。尋ねれば、哲朗を覚えている人もいるだろう。しかし引っ越し先を把握しているかまでは、期待できなかった。

 あの頃、哲朗は同学年の中で浮いた存在だった。そんな哲朗と学校が分かれても尚、交流している者がいるとは考えにくい。


「哲朗、嫌われてたからなあ」

「俺のほうでも親とか先輩に訊いてみるよ」


「おう、頼むな」

 そうだ、と思い出したように祥吾は続ける。

「颯太にも呪いのこと、ちゃんと伝えておけよ」


「なんで?」

「颯太も一緒に視影行っただろ」

「そうだけど、あのとき颯太はバケモノの棲み処に近づいてないよ。ずっと神社で待ってたから」

「ああ、そうだったっけか」

「うん。だから颯太は大丈夫だ」


 はあ、と圭太は息をつく。

「だけど、本当にこれから俺らの身に何か起きるのかな」


 隆平が勝手にそう予想しているだけで、実際に呪いは発動しないんじゃないか。バケモノが現れるというのも、隆平の幻覚かもしれない。

 聞いた直後は確かに恐ろしかったが、落ち着いて考えれば、隆平の話は疑わしかった。


「わかんねえなあ、どうして今さら呪いが発動するんだろう。バケモノに襲われたのは四年も前だよ? なんつーか、今さらって感じじゃね?」

 もしかしたら自分だけでなく、祥吾もまた隆平の幻覚説を考えているかもしれない。そんな希望から、水を向けてみる。

「隆平、疲れてるのかな?」


 祥吾は問いかけを返してきた。

「圭太はこの四年、バケモノのことを考えたり思い出したりした?」


「ああ、そりゃあもちろん。強烈だったし、絶対忘れないよ」

「じゃあ呪いのことは? 今までずっと忘れていられた?」


 祥吾が真剣な顔を向けてくる。圭太は言葉に詰まった。

「えっと、それは……」


「忘れたくても忘れられなかった。ずっと頭の隅に呪いのことが引っかかっていた。そうじゃない?」

「……うん、そうだな」


 圭太は素直に認めた。これまでと変わらぬ日々を過ごしていても、一度心に差した暗い影は、完全にはなくならなかった。月日が経つにつれ、その濃さを増した。

 いつか呪いによって、自分の身に不幸が降りかかるんじゃないか。

 不安に押し潰されそうになったとき、圭太は呪いを軽視することで、心の平穏を保ってきた。

 呪いなんてたいしたものじゃない。ただの脅し。そう何度も自分に言い聞かせた。


「バケモノだって、俺たちと同じだと思う。あの日のことは決して忘れていない。月日の経過なんて、ああいう存在にとってはむしろ関係ないことなのかもしれない。俺たちはバケモノの棲み処に踏み入った。それでバケモノの怒りに触れ、呪われたんだ」


 二人はそれぞれ考えに耽った。日の暮れた田舎道を無言で歩く。途中、祥吾のスマホが二度ほど振動したが、祥吾は反応しなかった。

 三度目の振動で、圭太は尋ねた。

「出なくていいの?」


「いいんだ。どうせ彼女からだから」

「うっそ、祥吾って彼女いたの?」

「ああ」

「もしかしてケンカ中? だから無視してるとか?」


「いや、そういうわけじゃないけど、一度出るとどうでもいい話が長いから」

 祥吾はため息まじりに答えた。

「正直、今は彼女の話聞く気力ないし」


 潰れたガソリンスタンドの手前で、二人の帰り道は分かれる。


「じゃあ……」

 圭太が片手を上げたところで、祥吾が口を開いた。

「考えたんだけど」


「うん?」

「呪いを解こうと思って」

「え、できるの? そんなこと」


 祥吾は真剣な顔でうなずいた。

「呪いは恐ろしいものだけど、万能ではない。どこかに弱点や綻びがあるはずだ。方法さえわかれば、呪いは解けるんじゃないかな」


「呪いを解けば、終わるのかな。また新しく呪いをかけ直されたりしない?」


「わからない。だけどこのままただじっと呪いの発動を待つなんて、俺にはできないよ。この四年、何をするにもずっと頭の隅に引っかかってた。心から安心できる日なんてなかった。だけどもう限界だ。すっきりさせたい。決着をつけたい。俺は自分にかけられた呪いと戦いたいんだ。呪いの解き方を見つけたい」

 祥吾はきっぱりと言った。

「黙ってやられるだけなんて、絶対に嫌だ」


 友人の宣言を前に、圭太は目をみはった。

「そうか……そうだよな」


 祥吾の存在を、心強く思った。

 もう恐れなくていい。忘れたふりもしなくていい。

 呪いに抗っていい。

 あの日、自分たちが何をしたというのだろう。呪いを受けなければならないほど、ひどいことをしただろうか。意図せず棲み処に入ってしまっただけで、どうして今もバケモノに怯え続けなきゃならない?

 ――こんな呪い、解いてやる。


「よし、俺も一緒に探すよ。呪いを解く方法」

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