第11話 四年前(八)

 叢を踏み越え、死に物狂いで山中を駆ける。どこまで逃げれば、このバケモノは自分を追うのを諦めてくれるだろう。

 先刻、穴の中で捉えたおぞましい姿が脳裏をよぎった。

 なんとしても振りきらねばと意識するほど、身体は強張っていく。踏み出した足がおかしな方向に曲がり、圭太は前屈みに倒れた。斜面を転がり、茂みに突っこむ。


(やばい……!!)


 すぐさま身を起こそうとした。しかし目前へと迫り来るバケモノに気づいたとき、全身の血が凍りついた。


 ――殺されるかもしれない。


 圭太は息をするのも忘れ、バケモノを凝視した。

 顔の両側に、泥まみれの長い髪が垂れている。肌はただれ、目は濁り、焦点が合っていない。あらぬ方向を見ながら、バケモノは唸り声をもらす。カッと開かれた口にはほとんど歯がなく、長い舌がだらりと垂れ下がっていた。

 その姿はあまりに醜く、恐ろしい。吐き気をもよおす強烈な臭気が恐怖を増大させる。異形の姿に、圭太はただただ圧倒された。


 無力な獲物を目の前にしても、バケモノは襲いかかって来る気配を見せなかった。それどころか突然くるりと方向を変え、圭太から離れていく。四つん這いに近い姿勢を保ち、ほとんど腕の力だけで、バケモノは移動した。ずるずると地面をのたうち進む姿は、巨大な蛇を見ているようだ。


 バケモノが完全に遠ざかったのを確信してから、圭太は浅く息を吐いた。

 自分の位置は完全に捉えられていたと思う。なぜバケモノは襲ってこなかったのだろう。


 茂みから這い出ると、圭太は改めて周囲を見回した。やみくもに逃げていたので、帰るべき方向を見失っている。これ以上当てずっぽうに移動するのは危険だろう。それでも動かないわけにはいかない。いつバケモノの気が変わり、再び追って来るかわからない。

 意を決して、立ち上がる。


 一度走るのをやめた足は、すっかり怖気づいていた。うまく力が入らない。圭太は二、三度拳で太ももを叩いてから、弱々しく走りはじめた。途中、何度も膝がかくんと落ちて、地面に手をついた。だが走ること自体はやめなかった。

 そうして進んでいくうち、見覚えのある景色に気づいた。苔むした倒木は、確かに行きに見たものだった。間違いない。この先に帰り道が続いているのだ。


「やった……」

 圭太の走る速度を上げた。木々の隙間に、友人の顔を見つけた。明充だ。


(良かった。先に逃げてたんだ……)


 圭太は緊張を崩した。明充の隣には、やはり無事に逃げおおせていたらしい祥吾の姿もあった。


「おーい!」

 圭太は二人に向かって叫んだ。

「大丈夫だったー? 待ってて、俺もすぐそっち行くから」


 きっと再会を喜んでくれるだろうと思った。だが明充は怖い顔で圭太を睨んだ。

「やめろ圭太」

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