第8話 四年前(五)
明充が怪訝な顔で訊き返した。
「なんだよ、変なものって」
「なんかさ、穴倉っていうの? 横穴がずっと続いてる感じの」
望が答え、
「なあ、穴の奥がどうなってるか、みんなで見てみようぜ」
哲朗が提案する。
「洞窟みたいな感じか?」
明充は興味を引かれたようだ。
「よし、行こう」
「ええ……」
颯太が露骨に嫌な顔をした。
視影行きには、及び腰だった。それでも頑張ってここまでついて来た。さてようやく帰れるぞと安心したところに、新たな展開だ。もう気力なんて残っていないのだろう。
「僕、行かない。ここで待ってるよ」
「なんだ、怖いのか? 颯太ってほんと弱っちいな」
明充の挑発にも、颯太は頑として抵抗した。
「やだよ。絶対行かないよ」
それから兄を見上げ、
「兄ちゃんも一緒にここで待ってようよ」
「え、それは……」
圭太は咄嗟に、明充の顔色を窺った。
「いいぜ、圭太。怖いならおまえもここで待ってろよ」
明充が言う。
「いや、怖くはないけど……」
「兄ちゃん行くの? 僕ひとりで待っていたくないよ……」
弟と、クラスのリーダー。二人の間に挟まれ、圭太は悩んだ。颯太を裏切りたくはないが、明充に従わなければ、新学期から教室での居場所を失くすだろう。
「なあ、隆平はもう大丈夫なの? 動ける?」
唐突に祥吾が尋ねた。
「無理だよ。僕、もうヘトヘトで足が動かない」
答えた直後、隆平は祥吾の狙いに気づいたらしく「じゃあ颯太は僕と一緒にここで待ってようか」と誘った。
隆平の体力のなさは、みんなが知っている。明充も隆平だけは無理に誘ったりしない。
「僕が颯太といるから、圭太はみんなと行ってきなよ」
「ああ、うん……」
「わーい、ありがとう隆平くん」
颯太はあっさりと圭太の元を離れた。一緒にいてくれるなら、相手は兄でなくともいいようだ。
「じゃあ兄ちゃん行ってらっしゃい。気をつけてねー」
切り替えの早い弟に、圭太は苦笑いを返す。それから感謝の意味で、祥吾と隆平に目配せした。二人の機転のお陰で、明充の機嫌を損ねずに済んだ。
一行は颯太と隆平を境内に残し、藪の中へと踏み入った。
「これはなんていうか……」
穴倉を前にして、明充は面白そうに口元を歪めた。
穴は小山を貫くようにしてできていた。半円状の入り口の幅はおよそ二メートル。高さはさほどなく、小学生にしては長身の明充が、ぎりぎり屈まないで通れるくらいだろうか。
「な? 結構雰囲気出てるよな」
最初に穴倉を発見したという哲朗は、得意げだった。
まずは明充が中を窺った。数歩踏み入った後、「やべえ、暗すぎてよく見えない」と戻って来る。
望が携帯電話を操作し、ライトを点灯させた。すぐさま明充と哲朗で両側から望を挟む。三人はなんの躊躇もなく、穴倉深くへ挑んでいった。
圭太は後を追うべきか否か迷った。特に誘われなかったのだから、この場で待っていたとしても文句は言われないだろう。明かりになるようなものも持っていない。神社からここまで短くない距離を付き合って歩いて来たのだ。もう勘弁してもらいたいというのが本音だった。
祥吾はどう考えているだろう。顔を向けたが、そこ姿はなかった。さっきまで隣にいたはずなのに。
「祥吾? どこ?」
声を張ると、すぐに返事が聞こえた。
「こっちだよ」
声のした方向を探す。茂みに身を隠すようにして、祥吾がしゃがみこんでいた。
「どうしたの?」
「うん、ちょっとこれが見えたから、気になって……」
圭太にも見えるようにと、祥吾が体をずらす。
湯飲みと茶わんが置かれていた。傍の花瓶には花が生けられている。
「お供え物だろうな」
「こんなところで、誰がなんのためにお供えしてるんだろう」
食器も花もまだ新しい。最近、誰かがここに来たということだ。
そういえば視影に入るとき、草が踏みならされていた。あれは肝試しのグループなどではなく、供え物をした人物が歩いた跡だったのかもしれない。
「昔この辺にお地蔵さんでもあったのかな」
祥吾は立ち上がり、きょろきょろと視線を動かした。
「おーい、みんなどこにいるー?」
後方で隆平の声がした。なかなか戻らない友人を心配して、様子を見に来たのだろう。
「隆平、ここだよ」
祥吾が大きく手を振る。
近づいてきた隆平は、青い顔で報告した。
「颯太が寒気がするって言ってる。もしかしたら熱があるのかも」
「うわあ、またか……」
圭太は頭を掻いた。弟は興奮したり何かショックなことがあったりすると、すぐに熱を出す体質だ。
「それで、颯太はどこ?」
「みんなを呼んで来ようと思って、とりあえず今は神社で待っててもらってるよ」
それから隆平は気がついて、「あれ? 二人だけ? 明充たちは?」と周囲を見回した。
「穴の中、探検しに行ってる」
「圭太と祥吾は行かなかったんだ?」
「うん。穴に入るより先にこっちが気になっちゃったから」
食器や花瓶のある場所を差し示す。
「へえ」と隆平は意外そうに眉を動かした。おもむろに供え物の前にしゃがむと、丁寧に両手を合わせる。
その間に、祥吾は穴倉に向かって歩き出した。
「俺、明充たち呼んで来るよ。早く帰ろう」
そのとき、こもった声が耳に届いた。
声は穴の奥から聞こえて来ているようだった。最初、圭太にはそれが誰のなんの声なのかわからなかった。しかし声が近づいて来るにつれ理解した。
悲鳴だ。
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