第6話 四年前(三)

 老女は圭太たちに気づくと、

「こら、あんたらどこ行くんだ!」

 と鋭い声を上げた。

「そっち行っても、あんたらが遊ぶようなところはないよ!」


 答える間もなく、圭太たちの乗った自転車は老女とすれ違った。誰もブレーキを引かなかった。


 一瞬、望が老女のほうを振り返り、ペダルを漕ぎながら声を張り上げた。

「もうちょっと走ったらUターンして帰るから、大丈夫だよ」


 老女の姿はすでに遠く後方にあり、望の答えに納得したかどうか、こちらを見つめる表情からは判断できなかった。

 まさか自分たちがこれから視影に行こうとしているなどとは思うまい。この辺りに住む人間で、視影の噂を知らない者はいない。好奇心の強い子どもといえど、そうは近づかないはずだと大人は考えるだろう。

 圭太はすぐに老女から注意されたことを忘れた。

「やっぱり帰ろうよ」と言い出すの者が出ないかと、友人たちの表情を窺うほうに意識が向いていた。


 だが期待も虚しく、しばらく後、明充が言った。

「着いたぞ」


 二等辺三角形に近い地形をした視影。一同はまず片方の底角近くに自転車を止めた。この先、視影の中心へは道なき道を行く。


 明充を先頭に、深い草の波を分け入り進んだ。少しすると、

「なんか道ができてる」

 明充が声を上げた。

「誰かがここを歩いたっぽい」


 見れば、確かに雑草を踏みならした跡があった。


「夜中に誰か肝試しにでも来てたんじゃない?」

 望が言った。


 時折、県外から大学生のグループなどがひやかしにやって来る。肝試しが目的の連中が多かったが、稀に廃墟マニアなんかも立ち入っているようだった。


 草の波を越え、林に入った。鬱蒼と茂った木々で、太陽の光が遮られる。空気が涼しい。汗が冷やされていく。

 それから黙々と歩き、やがて木々の隙間に屋根瓦らしきものが見えてきた。


 林を抜けた先には、かつて集落だったものが広がっていた。

 廃屋が点在し、そこかしこに泥まみれの瓦礫や古びた生活用品などが転がっている。

 圭太は息を呑んだ。

 沈んだ景色の中に、ぽつぽつと鮮やかな花が咲いている。

 見捨てられ、だが尚も健気に生きようとしている土地。視影には、噂に聞いて想像していたようなおどろおどろしさはなかった。

 静かで、物悲しい景色だと思った。

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