第3話 報せ
遠野家から少し離れた神社の石段に、腰を落ち着けた。
「なあ祥吾、さっきのあれ、なんだ?」
圭太はさっそく疑問をぶつけた。塀を乗り越えてまで、祥吾が拾いたかったものとは?
「隆平は俺たちと話したくないと言ってる。さっきあの人は俺たちにそう伝えてきただろう。だけど、あれは嘘だ」
「嘘?」
「ああ。あの人は嘘をついている。隆平からの伝言だと偽ったんだ」
「どうしてそんなことを?」
「俺たちを完全に諦めさせるため。母親の態度でわかっただろう。あの人は、俺たちが隆平と接触するのを良く思っていない」
「そんな、じゃあ俺たちはどうやって隆平と話せばいいんだよ」
「だから、これを拾ってきたんだ」
祥吾が握りしめていた拳を開く。手の中にあったのは、折りたたまれた白い紙。
「これは、隆平が俺たちに向けて落としたものだ」
隆平の家の二階には、一室だけ明かりがついていた。紙はその窓から落ちてきたものだった。
「隆平は部屋にこもったままだという話だったよな。あの母親の声は相当騒がしかったから、こっちのやりとりは充分隆平の耳にも届いたはずだ。たぶん、俺たちが来ていることに隆平は気づいた」
「ああ、だからさっき……」
祥吾は遠野家の二階を見上げ続けていたのか。あの場で、隆平の反応を待っていたのだ。小学生の頃から、隆平は二階の一部を自室にしている。
「俺たちが門前払いをくらった後、二階のカーテンの隙間から、一瞬隆平が顔を見せたんだ。なんだか焦った感じで、裏手に回るようジェスチャーで伝えてきた。それで行ってみたら、窓からこれが落ちてきたんだ。間違いない、これは隆平から俺たちへのメッセージだ」
「それで、隆平はなんて?」
圭太は食い気味に尋ねた。いてもたってもいられず、祥吾の手の中から紙を取り上げる。開いてみると、数字の列が走り書きされていた。電話番号だ。
祥吾がスマホを取り出し、入力しはじめる。発信表示をタップし、スピーカーに切り替えた。周囲に呼び出し音が鳴り響く。
通話の文字が表示された。
「……もしもし?」
久しぶりに聞く、隆平の声だ。
「ひ、久しぶり……。二人が来てくれて良かった」
「隆平、大丈夫なのか? ずっと学校休んでるって聞いたけど」
「ああ、うん、まあね……」
隆平は歯切れ悪く答えた。
「なんかすっげえ強烈な母ちゃんもいるしさあ」
「ごめんね。母さんのことは気にしなくていいよ。それより時間がないんだ。これ、父さんの携帯の番号なんだよ。たまたま今日は家に置き忘れてたから、こっそり借りてる。僕、携帯持つの禁止されてるし、家電だと母さんに聞かれるから、連絡手段がなくて。もうすぐ父さん帰って来る時間だから、それまでにこの電話、元の場所に戻しておかないと。だから今は、重要なことだけ言うね」
「重要なこと?」
「うん。あのね――、あれが現れた」
隆平が暗い声で告げた。
「え、あれって?」
「だから、あ、あれだよ、バケモノだよ。視影の山の中で僕たちを襲った」
視影――。
バケモノ――。
その言葉を耳にした瞬間、圭太は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
嘘だろう。
どうして今なんだ……。
「本当に?」
祥吾が問いかける。
「本当だよ」
隆平は続けて言った。
「バケモノはきっと報せに来たんだよ。呪いがはじまるって」
「呪い……」
圭太の脳裏に四年前の夏の記憶がよみがえった。
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