第136話 スミレの花
階段を上へ上へとのぼっていくと、大きならせん階段へとたどり着いた。
このらせん階段、下で見た、らせん階段によく似ている。
階層の継ぎ目を示しているのかもしれない。
警戒しつつ、らせん階段をのぼっていく。
周辺には光源はなく、灯したランプの光が我らの影を作っている。
影は湾曲した壁にうつり、歪みながらわれらを追走している。そんな気にさせられた。
見上げれば階段の先に大きな穴がある。ひとまず階段はそこで終わりらしい。
やけに暗いな。
らせんの渦が暗闇を円形に切り取っているみたいだ。
注意せねばならない。あの先に待ち受けているのはこれまで以上の悪意に違いないのだから。
やがてわれらは、階段をのぼりきった。
そして、そこに広がる光景に見を奪われることとなる。
「こいつは……」
見渡す限り星の海が広がっていた。
右も左も上も下も、幾多の星が散らばり瞬き続ける。
天井も壁もない。床すらも。
あるのは、いままでのぼってきた、らせん階段の最後の段のみだ。
「どうなってる」
コンコンと地面を叩く。
固い感触が返ってきた。床はたしかにあるようだ。
ガラスであろうか? 透明のため、その先がうつっているのか?
――いや、それはおかしい。
たとえ透明だとしても、われらが歩んできた道が見えるはずだ。
長く続くらせん階段も、のぼってきた塔の一階二階も、ジャンタールの街も、地下に広がる巨大迷宮も見えなければおかしい。
だが、見渡しても、ただ星の海が広がるばかりだ。
「パリト、あれ」
「ああ」
星の海の中、ひときわ目を引く星があった。
それは青と茶色と緑のまだら模様で、白いモヤが表面に渦巻いている。
大きさは突きあげたコブシ程度だろうか、月より太陽より圧倒的に大きく美しかった。こいつはまさか……。
「地球ね」
アシューテの声がやけに遠く聞こえた。
地球とはゴブリンの王国で見た装置に刻まれていた言葉だ。
古代人がわれらの住まう地をそう呼んでいた。
そうだ、ジャンタールは月にある。
われらが月を見上げていたように、月からわれらが住まう地を見上げているのだ。
「歩いて帰れる距離じゃねえな」
「翼があってもムリだ」
フェルパと言葉を交わす。
分かっていたが、迷宮の謎を解かないことには脱出は不可能なのだ。
「さて、大将。これからどうする?」
フェルパの問いにしばし考える。
進む。それはもう決まっている。問題はどちらに進むかだ。
幸い地面は続いている。目には見えないが確かにある。
だが、壁も天井もない場所において、目指すべき方向が分からない。
やみくもに進み床が途切れて真っ逆さまなんてこともある。そして、なによりこの場所にどう戻るかが問題であった。
「さすがに一発勝負はな……」
一度の探索で見つかるなどど楽天的にはなれない。
わたし一人ではないのだ。撤退の道を可能な限り残すのも率いる者の務めだ。
方向を定めると、五歩、六歩と歩いてみた。
振り返ると階段はもう見えない。足元には、ただ星の海が広がるだけである。
「大将、そっちへ行くのか?」
「いや――」
クルリと反転すると、来た道を戻る。
すぐに階段が見えた。
なるほど。消えてなくなるわけではないと。
「やはり位置の把握が必要か……」
そう呟くと、フトコロより懐中時計を出した。
見れば座標を示す文字x,yが0,0になっていた。
使えない? いや、時計の針は正しく時を刻んでいる。
座標の始まりがここなのだ。いいだろう。分かりやすくて良い。
……あとは進む方角だな。
みなの顔を見渡した。べつに頼る気持ちがあったわけじゃない。
なんの気なしだった。
だが、それが幸運を招いたようだ。アシューテの胸元に輝く不思議な光を見た。
あれは――
「アシューテ、ムーンクリスタルだ」
「え?」
一瞬のとまどいがあったものの、アシューテは私の言葉を理解し、胸元から金のペンダントを取り出した。
「わあ、綺麗!」
リンが声を上げる。
アシューテの持つペンダントには巨大な宝石があしらわれている。ムーンクリスタルだ。
ムーンクリスタルは青、赤、黄といくつもの光を放ち、何とも美しかった。
驚いたな。わたしが目にしたときは、灰色にくすんだ、ただの石だったが。
まさか、共鳴している?
――――――
しばしの休憩の後、われらは歩きだした。
行き先はもう決まっていた。ムーンクリスタルの輝きに従って進むのだ。
ムーンクリスタルを乗せたアシューテの手のひらには、深紅の光が落ちていた。
その光が一定の方向を指していたのだ。ランタンの光をどちらから照らそうとも、その光は変わらかった。
他のムーンクリスタルと共鳴していると考えられる。
根拠としては薄いかもしれない。
だが、今はこれに頼るしかない。
ただ、少し気になることもある。行き先ではない、いくつかの懸念。
「リン。ムーンクリスタルの伝説をもう一度言ってくれないか?」
「え? 伝説? いまここで?」
そう、いまここで。
リンから聞いたムーンクリスタルの伝説を、いま一度、聞く必要がある。
「ああ、頼む」
「神の涙、ムーンクリスタルは迷宮の奥底に眠る。枯れることのない泉、そのほとりに咲く花、その花のつぼみが宝石を包み込む。だが、欲張るなかれ。持てるのは一人一個。欲深き者は神の怒りを買うであろう」
これだ。この中の一節が今必要だ。
「少し妙なんだ。枯れることのない泉と花。見回してみろ、そんなものがあるように見えるか?」
土どころか地面さえ見えないこの場所で花があるものなのか。
「……なるほど、たしかに」
フェルパは少し考えたのちに、わたしの意見に同意していた。
「でも、逆に目立つかもね。こんなところに花なんて生えてりゃ」
シャナは前向きにとらえたようだ。
彼女らしい。レオルのことはもう吹っ切れたのだろうか? いや、その心の隙間を埋めようとムリに前へ進もうとしているようにも見える。
「そうだな。それに花ってのはロマンチックでいい」
「ハハ、騎士さんてやつは花で女をクドいたりするのかい?」
フェルパとシャナのやりとりだ。
なんだかんだ、二人は気が合う。
「ああ、そういうのは得意だぜ。なあ、大将。アンタだってそうだろう?」
フェルパのやつ、急にこちらに振ってきた。
好都合だ。乗っからせてもらおう。
「もちろんだ。女性をクドくのは花って昔から相場が決まっている」
「ほらな! 男ってのは、だいたいそんなもんさ」
フェルパは親指を立てている。
「え、ちょっと待って。わたしもらってないんだけど……」
が、ここで不満の声をあげたのはリンだ。
たしかに彼女には花をあげていない。
だがそれはジャンタールには花がない。だから、あげたくともあげられない……と言いたいところだが地下五階には花がある。この理屈は通じなさそうだ。
いっぽうフェルパはというと、してやったりの笑顔だ。これもまたフェルパらしい。
「なら、いい機会だ。見つけたら一緒に摘むとするか。リン、わたしの好きな花はスミレの花だ。生前、母も好きだった」
「スミレ……」
「約束を覚えているか?」
続いてリンに問うた。
約束とは、一緒に母の墓参りに行くというもの。
「え、ええ! もちろん」
パっと明るい笑顔を見せるリンに、スミレの花の特徴を伝える。薄い紫の花で、とても綺麗な花だと。
「チッ」
フェルパの舌打ちが聞こえた。
やっぱりこれもフェルパらしい。
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