第135話 異能力

 何だこれは。

 無数のヤリがこちらに先端を向けている。

 誰が持つわけでもないに宙に浮き、わたしに狙いを定めてくるのだ。


 来た!

 そのヤリが一斉に放たれた。凄まじい速度と正確さで。

 盾では全身をかばいきれない。すぐさま回避しようとする。――が、体が動かなかった。

 足どころではない。指先ひとつ動かせなかったのだ。

 ――どうなっている! このままでは串刺しだ。


 とつじょ何かに腕を強く引かれた。

 目をむけるとクサリが絡んでいた。フェルパの魔道具か!


「何ボヤっとしてんだ!」


 フェルパはわたしの異変に気付いたのだろう。とっさにクサリを絡め、引いたのだ。

 おかげでわたしは、すんでのところでヤリに貫かれなくてすんだ。


「助かった!」


 無数のヤリは、ヨロイをかすめ後方へと飛んでいった。

 わたしの後方にいた者はというと、すでに回避しており被害はゼロ。動きを止められた者はわたしだけだったかと、ホッと胸をなでおろす。

 しかし、なんだ? あの一瞬の金縛りは。

 魔法であろうか、物を自在に操る力なのか?


 今はもう体が動く。スローイングナイフを取り出すと、敵の位置を探る。

 ……どこだ?

 魔法ならば、こちらを視界に収めねばならない……はず。

 距離もそれほど離れていないだろう。


 などと思っていると前方の階段の陰、ユラリと奇妙な物体が姿を見せた。


 コイツは、たまげたな。

 姿を見せたのは巨大な人の脳だった。

 大きさは、わたしが両手を広げたほど。支えなどなく、宙にプカリと浮いている。

 脳を守る頭蓋骨もなければ肉も皮膚もない。もちろん手足なんてものもない。

 刻まれたシワの隙間から生える二本の触角が、ニョロリと伸びているだけだ。


「なんだい? ありゃあ?」


 シャナがポツリとこぼした。

 他の者も口には出さなかったが、同じ気持ちだろう。

 わたしはというと、すでに思考を切り替えていた。

 なぜ、こいつはわざわざ姿を見せたのか? 有利な状況を捨てて。もしヤリを飛ばしたのが魔法なら、あの口のない姿でどうやって呪文を唱えたのか? などと。


 ――試してみるか。

 スローイングナイフを投擲した。


 するとそのナイフは、巨大な脳の目前でピタリと停止、それから、ゆっくりと回転すると、こちらへ先端を向けたところで凄まじい勢いで戻ってきた。


 なるほど。こいつは……。

 眉間に向かってきたナイフを右手で掴む。

 やるじゃないか。そのまま投げ返すとは味なマネしやがる。


 だが、これでいくつか分かった。

 こいつは魔法ではない。詠唱がまるでなかった。

 だが、魔法とよく似ている。不規則に動くものに効果を及ぼすのは難しいのだ。

 スローイングナイフを投げた後、わたしはその場に立ち止まり右手を小刻みに揺らしていた。

 体は動かなくなったが右手は動いた。

 おそらく、止められるのは停止したもの、ナイフや矢のように動きが予測できるものだ。

 いつぞやアッシュと試した通りだ。

 クラムジーハンドの魔法は対象物がハデに動き回ると効果を発揮するのが極めて困難だった。


「足を止めるな! こいつは物の動きを止める力を持っている。矢で援護しろ! スキが出来たらわたしが切り込む!!」


 そう叫ぶと、剣を抜いた。

 さて、コイツはいくつの動きを止められる?

 コイツは今わたしの体を止めている。仲間の動き、矢の動きを止めようとすれば、解除せざるをえなくなるはずだ。

 その瞬間、斬りかかる。一度動けば、わたしは二度と動きを止めるつもりはない。

 ……コイツの息の根を止めるまでは。


 メキキ。

 金属がひしゃげる音がした。

 目をむけると脳ミソヤロウのすぐ後ろ、崩れかかった階段から飛びだした鉄骨が生き物のようにしなっていた。

 上へ下へと、バタバタバタバタ。

 やがて鉄骨は負荷に耐え切れず折れ取れる。だが、床には落ちず、そのまま回転、先端をこちらに向けた。


 ……なるほど。

 さきほど飛んできたヤリは階段を補強する鉄骨だったか。

 数には困らなさそうだ。


 メキキ、メキキ。

 三本、四本と、むき出しの鉄骨が折り取られていく。

 マズイな。今、こいつを放たれたら避けるのは難しい。


「矢を放て!」


 繰り広げられる異様な光景に目を奪われていたのだろう、固まるみなに檄を飛ばす。

 矢を射ってもらわねばわたしが動けない。

 このまま串刺しになるのは遠慮したいね。


 パシュリ、パシュリと矢が飛んだ。

 よし、いいぞ。これで動けるはずだ。


 矢は脳ミソヤロウの目前で停止、回転して先端をこちらに向ける。

 スローイングナイフと同じだ。これでこちらを狙う数は増えてしまった。

 だが、かまわない。

 予測通りわたしの体は動くようになった。


「アシューテ!」

「Eye of a storm」


 暴風が吹き荒れた。

 彼女が呪文の詠唱に入っていたことは分かっていた。あとはタイミング。ここで一気に決めて見せる。


 暴風は、脳ミソヤロウが浮かした矢とヤリを巻き込んでいく。

 崩れかかった階段はさらに崩れ、砕けた石片と粉塵も渦へと運んでいく。


 脳ミソヤロウはどうだ?

 ……チッ、だめか。あの暴風の中、何事もないかのように浮かんでやがる。

 魔法や飛び道具では、ヤツは倒せそうにない。


 圧縮した空気が頭上から叩きつけられた。

 それでも、脳ミソヤロウはビクともしない。

 

 いいだろう。キサマにはこの剣を味あわせてやる。

 止めれるものなら止めてみろ。


 体を小刻みに揺らしながら左右にステップ、脳ミソヤロウとの距離をつめていく。

 物を操る能力には射程があるはずだ。

 おそらく、近づけば近づくほど威力が増す。でなければヤリなど使わず我らの体をねじ切ればいい。

 すでに放ったヤリも飛んでくることはなかった。

 離れすぎたからだ。


 チャンスはそう何度もない。

 動きに慣れられる前に一撃でしとめる!


 クルリと方向転換すると、横に飛ぶ。

 狙うはあの脳ミソヤロウではない。階段を飛び越えその奥に。

 いた! 身を隠すもう一匹の脳ミソヤロウだ。


 脳ミソヤロウの触角がピクリと動く。

 慌てているな。だが、もう遅い。この剣はもう止められない。


 渾身の一撃。水を斬ったかのような抵抗感があったものの、それで剣が止まることはなく、脳ミソヤロウを二つに切り裂いた。


 あばよ。寂しいのは一瞬だ。もう一匹もすぐに後を追わせてやるさ。

 動きは止めずそのまま駆けると、もう一匹の脳ミソヤロウに向かっていった。




――――――




「いつもに増して、変な敵だったな」


 動かなくなった脳ミソヤロウを見てフェルパがこぼす。

 敵は二匹。どちらも剣で切り裂いた。


「でもアニキ、よく二匹いるって分かったね。それに隠れてる場所も」


 ああ、そうだな。


「粉塵だ」


 アシューテの魔法で粉塵が渦を巻いていた。

 だが、脳ミソヤロウの周辺にはその粉塵がなかった。不思議な力で近づくものを遮断していたのだ。

 それはおそらく宙に浮く能力であり、むき出しの脳を守る能力でもある。

 たとえ飛び道具で不意を突いても倒せない可能性すらあった。


 その守る能力がアダとなった。

 粉塵がもう一匹隠れている付近にもなかったのだ。

 それで、あそこにもう一匹いると確信した。


 そもそも気になっていた。

 なぜ、わざわざ姿を見せたのかと。

 鉄骨をヘシ折る。ヤリを飛ばせるのなら隠れたまま攻撃を加えたほうが有利に決まっているのだ。


 姿を見せたのは二匹だと知られたくなかったから。

 一匹だと油断したところで横から攻撃を加える。知らず、近づいてきたならば体をネジじ切る。

 だが、わたしが違和感に気づき足を止めてしまった。

 誘いこむためにも、二匹とも見つからないためにも、自ら姿を見せた。


 ツガイだったのかもな。

 矢を止めるもの、ヤリを飛ばすもの、役割を分担していた可能性もある。


 倒してしまったいま、確認する手立てはないが。

 また、もう一度戦えると言われても断るがね。


「なあ、大将。三匹目が現れる前にズラかるとしようや」


 フェルパの言う通りこれで終わりという保証はない。

 五匹、六匹、現れる可能性だってあるのだ。


「ああ、そうしよう」


 また、上へと向かって階段をのぼるのだった。



※ブレイン 脳ミソのバケモノ。念動力を使いこなす。

 なんらかの実験で生み出された。

 

 魔法が先にあったのか、念動力が先にあったのか。

 記録はもう残されていない。

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