第137話 光る点
星の光があったものの、ランタンをかざして我らは進んでいく。
理由は床だ。
透明な床がランタンの光をわずかに反射しているのだ。
上も下も星空だらけのこの場所、床があると確信できなければ一歩踏み出すのも躊躇してしまう。
ランタンの反射と床に落としたヤリの石突で確認しつつ歩いているのが状況だ。
特に用心深いのはフェルパだ。
何度もランタンの角度を調節し、少しでも床の反射が見やすい位置を探していた。
さすがに慎重になっていると見える。
床があると分かっていても踏み出すのは勇気がいるような場所だからな。
……おや?
前方になにやら光る点を見た。
それは輝く星のように見えるが、そうではない。明らかに移動していた。
「何か来る」
動く点を指さす。どうやらその点はこちらに向かってきているようで、大きさも輝きも徐々に増している。
敵か?
あの光はたいまつかランタンのように見える。魔物ならばそのようなものを持つ可能性は低いだろう。
いずれにせよ、ある程度知能を持った存在だ。
武器を構えて接近を待つ。
足元に信頼を置けぬ今、迂回や逃亡はしづらい。
戦いに備え、床の存在を確信できる場所をできるだけ広げる方を優先した。
こいつはチト奇妙だな。
近づいてきたのは巨大な牛だった。しかも、
荷台の前には
人間……か?
ローブを着た者の姿はハッキリ見えなかった。
すぐ上にランタンが吊るされてるにもかかわらず、あまり光が届いていない。
むしろ、前方の荷台を引く牛のギョロリとした目と立派な角が、より目立って見えた。
カラカラカラ。
牛車が進むたびランタンが左右へと揺れる。
そのたび荷台と、それを引く牛をチラチラと照らす。
相変わらず御者台に座る者の姿は見えない。なんとも不自然だった。
やがて牛車は徐々に速度を落とし、われらの少し前で動きを止める。
そこで初めて、御者台に座るものの姿が見えた。
「ヒョヒョヒョ、こんなところにお客さんとは珍しい」
ローブの中身は老人だった。
顔に刻まれたシワは深く、手足は枯れ木のように細い。白髪交じりの髪は櫛を通していないのだろうかボサボサで、語りかけてきた声はしわがれた男の声だ。
「客?」
こいつはいったい何者なのか、なぜここにいるのかなど疑問はいくらでもあったが、まず客とのとの言葉に反応した。
「ヒョヒョ、商人が話す相手は全部客さね」
そう言うと老人は御者台から降り、荷台へと向かった。
荷台には幌がかけられている。それを老人は一気に引きはがした。
ほう。
荷台に載せられたのは様々な品物。
金や銀に輝く食器や
宝石が埋め込まれたねじ曲がった杖。
そして、魔法書と思われる積み上げられた書簡。
「大将、気をつけろ」
フェルパが耳もとでささやいた。
わたしの背後にいる彼からは、すさまじい警戒心が伝わってくる。
なるほど、同感だ。
敵対心を感じない会話も通じる、が、なんとも言えない不快感をこの老人から受けるのだ。
さて、どうしたもんか。
「なにか欲しいものがあるかね?」
老人は笑みを浮かべると荷台から杖を一本手に取った。
その杖からはヒヤリとした冷気が漂っていた。
「なにその杖? ねえ、いくらなの? そ――」
「ぼうず!」
アッシュが前に踏み出そうとしたのをフェルパが止めた。
そして、自身も一歩うしろへ下がる。
どうした? フェルパのやつ。
――いや、理由が分かった。
影だ。ランタンに照らされ出来た老人の影がこちらへ伸びていた。
その影を踏まぬよう一歩下がったのだ。
しかし、なぜフェルパはそのようなことを。
――いや、これもすぐにわかった。
牛と荷台の影がこちらに伸びていたからだ。
老人の影は御者台に吊るしたランタンが作り出している。
ではなぜ、ランタンより後ろにある牛と荷台の影もこちらに伸びる?
すぐさまスローイングナイフを取り出すと投擲、それは老人の体をすり抜けて、荷台の影へと突き刺さる。
「ギャッ」
老人が悲鳴をあげた。
やはりそちらが当たりか。そんなこったろうと思ったよ。
老人と牛は血走った目をこちらに向けてくる。
そして、彼らはドロリと溶けた。荷台も溶けて混じりあう。
倒したか?
――いや、まだだな。
溶けて混ざった溶液が、ボコボコと盛り上がってみるみるうちに巨大な蛇へと姿を変えた。
それも、ただのヘビではない。
九つの首を持った神話に出るヒュドラ。
大きさは、ゆうにオーガの倍はある。
まあ、知ったことではないがな。
一歩踏み込むと、大蛇の足元、その作り出す巨大な影に剣を振り下ろすのだった。
ぎゃああと断末魔の叫びがあがる。
再びドロリと溶けていくヒュドラ。そのまま地面に薄く広がると、蒸発するように消えてなくなった。
そしてヒュドラのいた場所、ポツンと古びた小さな荷台だけが残されていた。
荷台を見ると無数の人骨。
また、地面には人の大腿骨が一本、転がっていた。
あれは老人が持っていた杖か。
あの老人は人の骨を販売していたのか?
「フェルパ、よくわかったな。影がおかしいって」
不自然さは感じていたが、わたしは老人と会話を続けようとした。
フェルパの指摘がないと危なかったかもな。
「いんや、単に気持ち悪かっただけだ。こんなところで商人だっつわれてもな。影だろうがなんだろうが、触りたかねえよ」
そうか、そうだな。
「ねえ、見て!」
リンが荷台を指さした。
荷台からは青白い炎が湧き出て、ゆっくりと上空へのぼっていった。
それはひとつではなく、二つ三つと数を増し、やがて無数の炎が川となって空へとのぼっていった。
「きれい……」
ああ、なんと幻想的なのだろうか。
だが、あの炎は人の魂ではないだろうか?
迷宮にて命を落とした者達の魂。
「行こうか」
いくらキレイでもあの中に混じるのはゴメンだね。
彼らの冥福を祈りつつも、仲間になる気はないと背を向けるのだった。
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