第132話 決着をつける

「結局、アンタも捨てられたね」


 シャナはレオルと向き合うと、そう呟いた。

 彼女が手にするのは剣。弓ならばすぐにケリがつくだろうに。

 それでも、あえて剣を選んだところに彼女なりの心情を感じた。


「そうだな……」


 返答するレオルはやけに落ち着いている。

 セオドアは大きな複製体のみ連れて逃げた。自分が捨てられたことはもう分かっているはず。

 こうなることは覚悟の上か。

 セオドアが自分たちのことを捨て駒としか考えていないことぐらい、百も承知。

 それでも賭けたのだ。少しでもムーンクリスタルを手にいれられる可能性の高いほうへと。


「自業自得だね」


 シャナはピシャリと言い放った。

 そう、レオルは賭けに負けた。負債はおのれの身で支払わなければならない。


「いいさ、後悔していない」

「ずいぶんカッコつけた言葉を吐くじゃないか。そんなもんで裏切った過去は消えないよ」


 シャナはそう言うが、カッコつけというより諦めの言葉に思えるがな。


「裏切った過去か……。そんなもの消すつもりはないし、後悔もしていない。俺が後悔しているのは、アンタの気持ちを繋ぎとめられなかったことだ」


 そうか、レオルのこころはシャナにあった。だが、シャナは違ったようだ。

 おそらく彼らは肉体関係にあった。

 しかし、シャナは自身の性を利用し、力をつけてきた。

 そこにレオルの葛藤かっとうがあったのではないだろうか?

 そんな自身のこころと決別すべく、セオドアについた。


「レオル……」

「……」


 一瞬、無言になる二人。

 その後すぐに、意を決したようにシャナが剣をかまえた。


「そんなもの言い訳にはならないね」

「わかっている」


 言いおわると同時にシャナが距離をつめた。そして剣で突く。

 振るうのではなく速度を重視した突きだ。迎撃が間に合わずレオルは体を捻ってかわすので精一杯に見えた。

 その後も連続して素早い攻撃を繰り出すシャナ。レオルは防戦一方となる。


 したたかだな。

 レオルの武器は重い戦斧。素早い攻撃に対応しきれない。

 しかも、レオルは肩を痛めているようだ。やけに反応がにぶい。


 おそらくアシューテの魔法。

 暴風に巻き込まれぬように容器につかまったはいいが、肩に負担がかかりすぎたのだ。

 

 シャナもそれは分かっているようで、細かく、鋭い剣を放っていく。

 致命傷にはならずとも、レオルの体はじょじょに切り裂かれていった。


 このまま戦っても勝敗は明らかだな。

 シャナ、気をつけろ。レオルが戦い方を変えるとしたらそろそろだ。


 案の定、レオルは斧を短く持つと半回転、柄でシャナを突いた。

 虚をつかれたシャナは反応できず、みぞおちに柄が刺さるのだった。


「グッ」


 短く息を吐いてシャナの動きが止まる。

 そこへレオルが密着。斧を捨てて、腕でシャナの首をヘシ折りにいった。


「シャナ!」

「まだだ」


 割って入ろうとしたフェルパを制す。

 ここで介入するのはシャナも望んでいない。

 それに……。


 ドスンとレオルが膝をついた。

 彼の胸には刺さった短刀がある。密着した瞬間、シャナが突きいれたのだ。


 レオルはゴボリと血を吐くと、シャナの頬をひと撫で、地面へと倒れこむ。


「レオル!」


 剣を捨ててレオルの体を抱き寄せるシャナ。

 レオルはその呼びかけに一瞬反応したが、それきり動かなくなるのだった。





――――――





「持っていくのか?」


 シャナはレオルが持っていた戦斧を抱えると、荷台に積んだ。

 死体を埋葬する場所も時間もない。われらはセオドア追わねばならない。

 ならばせめて斧だけでも……か。


「形見にしちゃあちょっと重いけど、これぐらいはいいだろ?」

「もちろんだ」


 断る理由もない。それで少しでも気がまぎれるのなら。


「悪かったね。時間取らせて」

「いや、いいさ」


 シャナはしばらくレオル死体を抱いていた。

 その間、われらは残った容器を割ってまわり、中の複製体をしとめていった。

 待ってはいない。それは彼女も分かっているが、言わずにはおれなかったのだろう。


「アニキ、セオドアはどうするの?」

「もちろん、追う」


 セオドアだけではない。あの怪物を野放しにはできない。


「追う必要があるのか?」


 フェルパの問いだ。

 なるほど。セオドアの目的はあの怪物だった。ならば、われらの相手をせず先へ進む可能性もある。

 あえて追う必要などないというワケだ。


「ある」


 わたし自身の気持ちだけではない。

 世のためでもない。

 セオドア、やつがこのまま去るとはどうしても思えないのだ。


「なぜだ?」

「やつは必ず来るからだ」


 わたしがいる限り、わたしの分身が生み出されるのではないか?

 ならば、セオドアが手にいれた個体以上が生まれるかもしれない。


 その可能性をセオドアが見過ごすか?

 ないな。

 セオドアは必ずわたしを狙ってくる。

 それも、もっとも有利な状況下で。


 そうさな……自身がムーンクリスタルを手に入れ、われらが手にしていないとき、もっとも戦力差が開く。

 狙うとしたらその瞬間か?

 いまごろセオドアは先に進んでいるはず。

 どこかに隠していた装備を複製体に与え、万全の態勢で。


 向かう先は一緒なのだ。

 いずれどこかで衝突する。


「勝てるのか?」


 ふたたびフェルパの問いだ。

 その問いに口をつぐんだ。


 ……かなり厳しい戦いになるだろうな。

 セオドアの、ゲスだがあの知略と抜け目のなさは脅威だ。

 それに加え、わたしの技術を得たわたし以上の力を持った怪物。

 現時点ですら、勝てる見込みはうすいだろう。

 セオドアが先を知るならなおのこと。


「方法を考えるさ」


 まだ時間はある。

 今度はわれらが追う立場だ。追いつくまでにいろいろと考えるとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る