第131話 それぞれの選択
バ、バカな!
どこからともなく現れたセオドアが、二回りも大きな私の複製体に首輪をかけてしまった。
なぜ、ヤツがこの場所、このタイミングに!!
偶然……いや違う。セオドアはハナからこれを狙っていたのだ。
幻影魔法で姿を隠し、待っていた。
あの複製体がすべてを学びきるのを!
ゾワリと全身の毛が逆立つのを感じた。
セオドアはこうなることを知っていたのか。ヤツの不可解な行動はこのため!
クソ!
なんとかして止めないと。
呪文だ。隷属の首輪とはいえ、支配下に置くためには呪文がいるはず。
ジャマだ! どけ!
立ちふさがる二体の複製体に剣を振るった。
ガキリ。
だが、剣は無情にも盾で止められてしまう。
それどころか、呪文を唱えるセオドアのさらに奥、扉が開き数人の男たちが姿を見せたのだった。
男たちは剣や鎧で武装している。
その中には巨大な斧を持つ大男もいる。
レオルだ! シャナの元部下。
クソ!
あいつらも部屋の外に隠れて待っていやがったんだ。
そうか。これでシャナの部下たちが彼女を裏切った理由がわかった。
セオドアはジャンタールの秘密を知っていたのだ。真の出口が塔にあることも、塔で魔物を作っていたことも、そして、この先なにが待ち受けているのかすらも。
それを聞かされたんだ。
だから、シャナを裏切りセオドアと組んだ。
くぅ~、してやられた。
完全に計算ずくだ。
ここまで綿密に計画していたとは。
男たちは何度か練習したのだろう、淀みなく行動し、セオドアを守るように陣形を組む。
前衛が盾を構え、後衛がその隙間からクロスボウの狙いを定める。
これではたとえ複製体を突破できても、セオドアまでは届かない。
呪文の完成に間に合うどころか、こちらがやられる。
なにか手はないか。
立ちふさがる二人の複製体に目をむけた。
急に現れたセオドアとその仲間たちに戸惑っている素振りが見えた。
そうか、この出来事は彼らにとっても不測の事態か。
ここに突破口を見出せないか……。
「フハハハ。ついーに。ついに俺ぁ最強~の力を手に入れたぜぇ!!」
だが、そんな考えもむなしくセオドアの呪文は完成したようで、ヤツは勝ち誇ったように笑い声を上げるのだった。
「かわいい、かわいい、坊や。とうさんがこれから色々と教えてやるからな」
なんと気味悪い光景だろうか。セオドアは二回りほど大きなわたしの複製体の頭をなでながら、嫌らしい笑みを浮かべる。
腹の底からヘドロが湧き上がってきそうだ。
「ま~ずは、俺のヒヨコちゃんを閉じ込めている殻を取り除かないとな」
セオドアはそう言うと、腰のベルトに差していた先端が折れ曲がった金属製の棒を抜きとった。
あれで容器を割ろうというのだ。準備は万端、コイツの手際の良さには舌を巻く。
てこの原理で、容器を割ろうとするセオドア。
だが、その必要はなかったようだ。
あの大きな複製体は、割れた容器のふちに手をかけると、前後にゆすり、あっという間に破壊してしまったからだ。
「フハハハハ。頼もしいじゃねぇか。これ~で俺の――」
「Eye of a storm」
暴風が吹き荒れた。
タイミングを見計らっていたのはアシューテも同じだったようで、セオドアの言葉をさえぎるように詠唱を終えたのだ。
暴風の渦はセオドアとその仲間と複製体を巻き込んでいく。
地面に固定されていた複製体が浮かぶ容器も、いくつか剝がされて宙を舞っていた。
よくやったアシューテ!
この機は逃さん!
暴風に巻き込まれていないのは、私の仲間とそばにいた複製体のみだ。
その複製体にケリを放つ。
二体のうち一体を暴風の渦に押しだすことに成功した。
これで残り一体。
アシューテの魔法が終わるまでに仕留めねばならない。
複製体の足元にスローイングナイフを投擲、視線を下に誘って上体へと剣を放つ。
だが、すべて盾と剣ではじかれてしまう。
バスンと複製体の持つ盾に矢が刺さった。
シャナの矢だ。その威力はすさまじく、構えていた盾を貫通して腕まで到達していた。
グウとうめき声をあげ複製体は盾を落とす。
助かる!
剣を上へ下へと散らして振るった。
複製体に三度かわされたが、四振り目で太ももを斬り、返す刀で首を刎ねた。
ふう、なんとか間に合ったか。
いいタイミングで矢を放ってくれたもんだ。
そして、複製体は不意の環境の変化に対処しきれなかったな。
たとえどんなに技術を学ぼうが、痛みを伴わなければ分らぬこともあるか。
ドゴリ。
暴風は巻き上げたものどもをまとめて地面に叩きつけた。
半数はピクリとも動かず、もう半数は弱弱しいうめき声をあげていた。
そいつら全てに刃をたてていく。
「ついていく相手を間違えたな」
知っている顔もあった。ジャンタールに入る前、洞窟で一夜をともに明かした者だ。
悪いが見逃すわけにはいかない。悔やむならセオドアについたことを悔やめ。
みな殺しきった。
だが、その中にセオドアの姿はなかった。あのデカイ複製体も。
チッ、なかなかにしぶとい。あの状況でどうやって逃げおおせたのか。
まあ、しかたがあるまい。
いまはすべきことが他にある。
まずは残った容器を割って、中の複製体をぜんぶ始末しないとな。
「フェルパ、無事か?」
「ああ、なんとかな」
複製体に投げ飛ばされたフェルパは無事であった。
彼は暴風が吹き荒れる直前目を覚まし、鎖の先端を投げた。それをつかみ、素早く引き寄せたのがアッシュだ。
少しのタイミングのズレでだれかが死んでいた。
「リンはどうだ?」
「大丈夫、いま意識を取り戻したわ」
アシューテに介抱されていたリンは、わたしの言葉に反応して手をあげた。
ふう。まずは一安心といったところか。
「では、残っているのは一人だけか。そこにいるんだろ? レオル。姿を見せろ」
容器の影から男が姿を見せた。
筋骨隆々の大男だ。斧は持っていない。おそらく容器の一つにしがみついて、渦に巻き込まれるのを防いだのだ。
「ヘっ! やっぱ見逃しちゃあくれねえか」
レオルはそう言うと周囲を見回す。そして、目を止めたのが落ちている自身の斧だ。
約十歩の距離。走ればすぐに手が届く。
だが……拾わせるわけにはいかないな。フトコロよりスローイングナイフを取り出した。
「待った。ケリならわたしがつけるよ」
シャナがわたしを制止する。
そうか。そうだな。
前に進むためにはそれも必要か。
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