第130話 とどかない剣
こちらに向かってくる複製体は三つ。互いに投げたスローイングナイフが空中で交差した。
さすがは複製体。わたしと行動も同じか。
ただ、効果には差があった。
わたしの投げたスローイングナイフはなんなくかわされ、相手の投げたナイフは矢を射ようとしたアッシュとシャナを牽制した。
イヤなところを突いてくるじゃないか。
戦術までわたしとソックリとはな。なんとも吸収が早くて泣けてくる。
複製体は間髪入れずに駆けてきた。
驚異の速度だ。迎え撃つべく隊列を組むわれらとすぐに肉薄した。
剣を振るう。
だが、複製体は、いともたやすく盾でさばいてしまう。
クッ、やはり能力差はもうほとんどない。
横から剣が飛んできた。
ギリギリでかわしたものの、切られた髪の毛が数本、風に舞う。
マズイな。
このままでは負ける。
フェルパとリンが複製体を一人引き受けてくれたが、それもいつまでもつか分からない。
「パリト! 急いで! 学ばれてる!!」
アシューテのやつムチャを言う!
わたしは自身と同じ実力の持ち主を二人同時に相手にしている。
しのぐならまだしも、急いで倒せとは。
チラリと周囲に並ぶ容器に目をむけると、台座で『Now learning』の文字が光っていた。
なるほど。あれが、お勉強中の合図か。
たしかに時間はなさそうだ。
……しかたがない。ドロ臭い戦いは好きではないんだがな。
ガリリと唇を噛むと剣を振るった。
中段の剣だ。複製体はまたもやたやすく盾で受ける。
優等生だな。ならば、これはどうだ?
ブッっと血を吐きつけた。唾液まじりの血で複製体の視界を奪う。
サヨナラだ。
密着するとナイフで首を刈った。
まず一体。
体を入れ替え、しとめた複製体を盾とする。
そこへもう一体からの剣。盾とした複製体の首が飛んだ。
薄情だな。助け合う気はないらしい。
そんなお前にご褒美だ。二人仲良くダンスでもしてろ。
盾としていた首なし複製体のからだを押した。
そこへ剣を叩きつける。二人まとめて斬り飛ばすのだ。
ガキリ。
剣と剣が衝突した。
どうやら相手も同じことを考えていたようで、互いに振るった剣が首なし複製体の胴を寸断した。
さすがに強いな。
この程度の策はもう通じないらしい。
他になんとか虚をつく手を考えたいとこだが……。
ボコリ。気泡が浮いた。
それは視界のすみに映る容器の中。地面に固定する台座あたりから生まれ、ユラユラと上へとのぼっている。
なんだ?
視線を動かせば、どの容器からも気泡が浮き上がっている。
なぜ気泡?
……まさか排水しているのか?
こいつら全部、目覚めようとしている?
冗談ではない。
こんな数を相手にしてられるか。
とっととケリをつけるべく剣を振るう。
だが、複製体に盾ではじかれてしまう。しかも、その盾さばきは、踏み込んで押しだす一撃だ。
わたしはバランスを崩しはしなかったものの、剣を大きく跳ね上げられてしまった。
ク、スキを見つけるどころかこちらが作ってしまうとは。
複製体はさらに踏み込んでくる。
この間合いは関節技か。
膝を前蹴り、相手の突進を止める。
いかんな。焦るあまり攻撃がザツになってしまった。
落ち着け、気泡は小さいのがいくつか出たばかり。まだ時間はある。
お互い剣と盾を構え、にらみ合う。
視界のすみに映る気泡を確認していく。慌ただしく気泡が出ている容器はないか? 気泡は大きくなっていないか? 容器の水位は下がっていないか? と。
ここで背筋に冷たいものが走った。
――なんだ! あれは!?
容器に浮かぶわたしの複製体。姿かたちは同じであるが、明らかに二回りほど大きな個体がいたのだ。
まさか……。
経験だけではない、肉体そのものが私を超え始めているのか!?
マズイぞ。あれは絶対に出してはいけないものだ。
本能が激しく警鐘を鳴らしている。
ボコリ。気泡が浮いた。
それは二回りほど大きな複製体の容器の中、今までで一番大きな気泡だ。
――その瞬間、大きな複製体は目を開いた。そして、左右に視線をさまよわせる。
「こっちを見てやがる」
目が合った。確実に。
チッ、どけ!
立ちふさがる複製体に剣を振るう。
盾で防がれるも、お構いなしに何度も叩きつける。
そこへさらに盾の一撃。相手の足を踏みつつ逃げ場をなくして体ごとぶつかった。
だが、しばしの膠着状態。相手も負けじと押し返してくる。
なんたる体幹の強さか。これで転ばぬとは。
「パリト、わたしが!」
フェルパとともに一体の複製体を相手取っていたリンだったが、フェルパ一人に任せ駆けだした。
彼女もあの大きい複製体に気づいたようで、息の根を止めるべく動いたのだ。
しかし、ダメだ、リン。それは危険だ!
複製体は横をすり抜けようとしたリンに剣を振るった。
だが、その剣に絡みつくのはフェルパの鎖だ。フェルパが鎖を引き、剣の動きを止めていた。
すばらしい連携だった。
しかし、複製体は絡まる鎖に逆らわなかった。
引かれる方向にクルリと反転すると、逆の手に持つ盾でリンを殴り飛ばしてしまったのだ。
「リン!」
リンはバタリとその場に倒れこんでしまった。
私の呼びかけには応じない。
そして、さらに悪いことに複製体は回転する勢いのままに鎖を引いた。
フェルパはこらえきれずに宙を舞う。それから、そのまま容器のひとつに激しく衝突してしまった。
フェルパ……。
フェルパも戦闘不能だ。完全に意識を失っているように見える。
これでまた二対一。
不幸中の幸いは、わたしに集中するべく複製体は倒れたリンにもフェルパにも目もくれなかったことか。
少なくともわたしが死ぬまでトドメを刺されることはなさそうだ。
だが、どうする。
この間にも、カン、カン、カンと揺らめくような、籠るような音が聞こえていた。
あの大きな複製体が内側から容器を殴っているのだ。
マズイな。
いまは液体に浸かっているため、力が伝わっていない。
だが、液体の量が減れば割られるかもしれない。それだけの力をあの複製体からは感じる。
ピシリ。
容器にキレツが入った。大きな複製体が振るったコブシが容器にヒビを入れたのだ。
まさか……。
パン!
今度は大きな音が響いた。
複製体が額を打ちつけ、その威力に耐え切れず容器に穴が開いたのだ。
空いた穴は顔の大きさ程度。
そこからザバザバと液体が流れている。
クソ! 冗談ではない!!
残る複製体は二。それにあのバケモノまで加われば勝ち目などない。
大きな複製体は割れた容器のヘリに手をかける。
そのまま破壊してしまうつもりだ。
どうする?
危険を承知で飛び込むか?
複製体を二体かわして果たしてたどり着けるか?
――その瞬間。
視界がグニャリと歪んだ。
大きな複製体のすぐそば、ひとりの男が姿を現す。
使い込まれた革鎧に、先の尖った古びたブーツ。
逆立った髪は前頭部がやや後退し、細めた目には
あれはセオドア!!
その手に握られているのは黒い輪っかだ。
――従属の首輪か!
セオドアはニタリと笑うと、容器の中にいるわたしの複製体に手を伸ばす。
そして、その太い首にカチャリと首輪をはめ込んでしまった。
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