第129話 行きつく先

「さすがに死ぬかと思ったぜ」


 フェルパは地面に座り込んだ。

 だいぶお疲れのようだ。体力以上に精神を消耗したらしい。

 わたしが複製体をひとり始末した後、残りの一体をみなで仕留めた。

 だが、それまでフェルパは前面に出て複製体と対峙することになったのだ。

 神経をすり減らして当然だろう。

 すまんな。


「どうすんだ大将? このまま進むのか?」


 フェルパの質問にしばし考える。

 たしかに状況は悪い。疑問視するのもムリはない。だが、引き返せばさらに状況は悪くなる。

 なぜ容器のガラスが割れたのか、何人わたしの複製体はいるのかなど考えると、時間がたてばたつほど悪化するのは明白だ。

 苦しいが今が一番マシなのだ。


「進む。どうもわたしの複製どもは他の個体が積んだ経験も得ているようだ。成長速度がありえないほど速い」


 もし、複製体が他の複製体の経験を学んでいるのだとしたら、100体いれば100倍の速度になる。

 しかも、わたしの動きから学ぶのだとすれば、その効率はさらに何倍にも。

 なにせわたしが持っているのは、自分のからだに最適化された技術だからな。

 わたしと同じ実力になるのにそう時間がかからないだろう。


 いま手をこまねいていれば、塔はわたしで埋め尽くされる。そうなればもう手出しできなくなる。

 それは、なにも塔だけに限らない。

 迷宮に魔物と化したわたしの複製が放たれる可能性だってあるのだ。最悪街にすら。

 だから今のうちになんとかせねばならん。

 まだ、差のある今だからこそ。


「ふ~、そうだな。これ以上強くなられたらどうしようもねえ。多少ムリでもいくしかねえか」


 フェルパは賛同のようだ。

 他はどうだ? みなの顔を眺めてみた。


「パリト。あなたが決めたことなら従うわ。でも、勝算はある? 戦えば戦うほど強くなるなら、あなたが先に進むほど不利になるんじゃないかしら」


 アシューテの指摘ももっともだ。

 わたしが戦いを見せるほど敵は強くなっていく。ならば戦わないほうがいい。そう考えるのも理解できる。

 だが――


「わたしが戦いを止めることにあまり意味はないな。やつらが経験を得る機会などいくらでもある。なにせここは迷宮。戦う相手に不足しない」


 わたしと戦わずとも、魔物と戦えば強くなっていくのだ。

 けっきょく立ち止まる意味はない。


「……絶望的ね」

「いや、そうでもないさ」


 できることはある。


「元凶を叩けばいい。容器からわたしが産まれるというのなら、その容器を壊せばもう産まれない」


 すでに産まれている個体はどうしようもないが、容器の中のわたしは容易に殺せる。

 容器の中のわたしを殺し、容器そのものも壊す。

 そうすれば数を最小限におさえられるはずだ。


「それしかないわね……」


 アシューテは納得したようだ。

 いや、彼女は最初から分かっていたに違いない。

 分かっていて、あえて問うてみた。そんな気がする。


「他の者は?」


 もう一度、みなの顔を見回した。

 返答次第では引き返すのもいいだろう。わたしは歩みを止めないがね。

 行きたいものだけ行けばいい。


「最初からわたしはあなたについていくって決めていたから」

「俺もアニキについていくよ」

「いまさらだね。覚悟なんかもうとっくに決めてるよ」


 リンもアッシュもシャナも賛同してくれた。

 わかった。みなよろしく頼む。



 休憩する間もなく、通路を進んでいった。

 方角はわたしの複製がやってきた側だ。

 おそらく容器はそちらにある。

 

「なんかいる」


 アッシュの言うように通路の先になにかが見えた。

 近づくにつれ、正体が分かる。


「戦闘か」

「ああ」


 バラバラとなった金属の巨人、血まみれのゴブリン、コボルドにオーガにマンティコア、そしてわたしの複製体。

 いずれも死んでいた。

 ここで争いがおこったのだ。


「みなで殺しあったみてえだな」

「ご苦労なことだ」


 死体を確認してみたところ、ゴブリンの肩には食いちぎられた跡があった。

 それぞれで殺しあったのだ。複製体と魔物に分かれて争ったわけではない。


 なるほどな。

 こいつら迷宮のように設置された魔物じゃない。容器の中にいたんだ。

 だから無秩序に殺し合った。

 迷宮の魔物なら死体は残らない。ジェムを残して消えているはず。

 塔もそうだとは言い切れないが、たぶん予想はあっている。


 今はイレギュラーな状況かもしれん。塔を作ったものにとっても。

 ならば付け入るスキはあるか……?

 

 いずれにせよ時間との勝負だ。足を速めて進むのだった。

 


――――――



「大将、そろそろヤベーぞ」

「もう少しで首をはねられるとこだった」


 あれから複製体と二度戦った。

 辛くも勝利を得たが、危ない場面もかなりあった。

 彼らとわたしの実力差はもうほとんどない。

 次戦えば、生き残れる保証はない。


 装備の差、数の差、魔法やつちかった戦術、それらでなんとか損害を抑えてきたが、さすがに限界を感じる。

 相手が二体なら、もう危ない。

 三体いれば、誰かが死ぬ。四体ならば、こちらが全滅だ。


 あれから容器を見ていない。早く見つけないと。

 そんな焦りがではじめたころ、壁に入った四角い切れ目を発見した。

 扉だ。腰の高さに手のひらほどの黒い枠もある。 


 ここであってくれよ。

 そんな気持ちとともにセキュリティーカードをかざすのだった。

 


 扉が開いて、まず飛び込んできたのはいくつもの円筒形の容器。

 きれいな状態のまま並んでいる。


「やっとか……」


 思わず言葉がこぼれる。

 円筒形の容器の中に浮かんでいたのは見渡す限りわたしだった。


「これ、ぜんぶアニキ?」

「そのようだな」


 部屋はやけに明るかった。容器の中に浮かぶわたしの顔がよく見える。


「少し、若いか?」


 鏡で見るいつもの自分より、やや幼く感じる。


「一番力が出せる状態にしているのかも」


 アシューテの言葉だ。

 なるほどな。人間の肉体のピークは十代後半から二十代中盤だ。新たに作り出すなら、その年齢にすればよい。

 なにもわたしと同じ歳である必要はないのだ。

 若い肉体に豊かな経験と知識、なんとも不公平な話だな。


「ぜんぶ壊していいのか?」


 フェルパが問うてくる。


「もちろん、かまわない」


 わたしは一人でいい。

 わたしの知識と経験はわたしだけのものだ。


「アニキ、だれか来るよ」


 アッシュの言葉どおり誰かがこちらに向かってくる。

 幅広の剣と盾、金属のヨロイを身にまとった、わたしの複製体だ。


 数は三。

 発せられる殺気から、完全にこちらを敵とみなしてることがわかった。


 やれやれ。こいつらを倒さねば容器は破壊できないな。

 同時に三体。厳しい戦いになりそうだ。

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