第128話 積み重ねた経験

 容器の中に浮かぶのは、私自身。

 どうなっている!

 なぜわたしが……。


「こんなことができるのね……」


 そう呟いたのはアシューテだ。

 どうも納得しているような雰囲気がある。

 ふむ、彼女は研究者だ。ぜひとも、その考えを聞きたい。


「アシューテ、説明してくれるか?」

「ええ、たぶんここでたくさんの生命を作ってた。人工的にね」


 だろうな。理由や方法は分からないが、たしかにそう感じる。


「ゴブリンどもがそうか?」

「そうね。ゴブリンだけじゃなくさまざまな不思議な生き物も」


 その通りだ。ここまでは私の考えと同じだ。


「でもね、物って何もないところからは作れないの。かならずベースとなる何かがいる」


 ふむ、原料みたいなものか?

 パンを焼くには小麦粉が必要などといった。


「だから、もともとある種と種をかけあわせて、違う種を作る。ウマとロバを交配させてラバとか」


 ラバ。なるほど、そうかラバか。パンの例えはちょっと違ったな。

 子ができるには父と母が必要だ。その父と母に当たるものを作為的に用意してやるわけか。

 それで、都合の良い生き物をつくる。生殖行為なしに。

 そうして、できたものをジャンタールにばら撒くのだ。

 ――だが、わからない。それが私とどう結びつく?


「アシューテ。それが私がガラスの中に押し込められている理由なのか?」

「ふふ、押し込められているって……。理由は個体差よ。かけあわせても必ず同じ個体が生まれるわけじゃないの」


 個体差……。

 う~む、よくわからんな。生き物には個体差があるのはたしかにその通りなのだが、いまだ私と結びついていない。

 いまいち釈然としないわたしの顔を見てアシューテは言葉を続けた。


「兄弟っているじゃない? 弟、妹とか」

「ふむ」


「親が同じでも子は少しずつ違う。極端な話、運動が得意になる子もいれば、頭がよく育つ子もいる」

「そうだな。見た目や特徴は似てはいても別物だ。同じじゃない」


 当たり前だな。

 だからこそ、世界はさまざまなものであふれている。


「じゃあ、同じものが欲しくなったら? 極めて優秀な個体が生まれ、それが二度と生まれないとしたら?」


 二度と生まれない。

 そうか、そういうことか。


「複製を作る」

「そう!」


 ベースとなるものが必ずいる。だが、兄弟が1000人いようが同じ個体は生まれない。

 ならば、本人をベースとして同じものを増やすしかない。

 人工的に種をかけ合わせられるなら、複製だってできるだろう。

 むしろ、そのほうが簡単かもしれない。


「この容器の中にいるのは、たぶんアナタの複製よ。わたしが知る限り、人類史上もっとも強くて適応力のある人間のね」




――――――




 部屋の奥には扉があった。開くとそこは通路であった。

 とにもかくにも進むしかない。

 いまは先を目指して歩いているところである。


 ジャンタールの成り立ちなど、わたしの知ったことではない。

 それに、古代人がなにをしようとしていたのかもな。


 わたしが求めるのは、仲間とともに無事にここから出ることだ。

 むろん、働いた対価として宝石はもらっていくがね。


「パリト、あなたにさせてしまってゴメンなさい」

「いや、いいさ」


 浮かない顔でそう語りかけてくるのはリンだ。

 微笑みとともに彼女に言葉を返すと、肩に手を置く。

 あやまる必要はない。あれでいいんだ。


「アンタ強ぇな」


 今度はフェルパだ。

 そうか? フェルパもあれぐらいの強さはあると思うが。

 軽薄なように見えて、目的を達するためには何でもする。

 そんな揺るがない信念をこの男から感じる。

 たぶん、立場が同じならわたしと同じことをしていたさ。


 彼らが言うのは、わたしの複製に対しての行動だ。

 容器を割って、ノドを裂いた。

 あの複製は、もうこの世にはいない。


「ただ似ているだけで、あれはわたしではない」


 人ならもう何人も殺している。

 それが、もう一人増えたに過ぎない。


「そう簡単に割り切れっかよ」


 割り切れなきゃ死ぬだけだ。いまは感傷的になっているヒマはない。

 じつは気になっていた。

 わたしの複製が作られたのはいつだ?

 そして、容器が割れたのは?


 少なくとも容器が割れたのは最近だ。

 足元に液体がまだ残っていたからだ。古けりゃとっくに蒸発している。


 ならば次に起こる出来事も読める。

 ロクでもない出来事だろうがな……。


 前方になにかが見えた。

 人だ。上半身裸で剣だけ持っている。

 

「うそ!」

「オイオイオイ、冗談だろ」

 

 現れたのはわたしだった。

 剣を地面に引きずりながらこちらに向かって歩いてくる。


 さっそくお出ましか。

 そう来ると思ったよ。ここはジャンタール。底意地の悪さは折り紙付きだ。


 わたしの複製体はとつぜん駆けだした。

 速い! まるで猛獣。とても人が出せる速度とは思えない。


「矢を!」


 そう叫ぶも、誰も矢を射らない。

 チッ、まだ割り切れていないのか。あれはわたしではないと言ったはずなのに。


 そうこうしているうちに接近戦の間合いへ。

 複製体が狙ったのはリンだ。走る勢いのまま剣を振るった。


 ガキリ。

 盾で受け止める。たしかに速いが軌道は読めていた。

 直線的な動きのため、リンとの間に入って受け止めるのは簡単だった。


 しかし、衝撃は凄まじかった。

 盾を押しだすように受けたものの、危うく吹きとばされそうになった。

 からだ全体で来たか。殺意むき出しだな。

 この圧力。これまで経験したことがない。

 だが……。


 複製体は何度も剣を振るってきた。

 そのつど盾でさばいていく。

 なるほど。力はあるが、技術はないな。

 これなら、たいした脅威になりえない。


 もういい。分かった。

 相手が剣を振るう瞬間、盾ではじき返した。

 複製体は力が乗りきらず後ろにのけぞる。

 そこを剣で両断した。


 なんてことはない。

 同じ個体でも積み重ねがなければこんなもんだ。

 みなに次は頼むぞと声をかけて先へ進むのだった。



 つぎに遭遇したのは、またわたしの複製体だった。

 それも二体。

 両方とも剣と盾を装備していた。


 我らと目が合うと駆けてくる。

 またか。工夫がないな。


「放て!」


 わたしはスローイングナイフ。アッシュは杖。他は矢を放った。

 今度はみな、ためらわなかった。やっと敵だと割り切ってくれたらしい。

 

 だが、矢もナイフもすべて当たらなかった。複製体どもは瞬時に左右に展開、そのまま壁を走ってわれらの後ろに降り立ったのだ。


 バカな! なんだあの動きは!!

 隊列が入れ替わる。最後尾はアッシュとアシューテ。

 斬りかかられれば防げない。


「引け!」


 反転して前に出る。

 間に合うか? 複製体どもはすぐそこだ。


 スローイングナイフを投擲。アッシュに斬りかかろうとしていた複製体の肩を貫いた。

 そのスキにアッシュはフェルパと体を入れ替えて、なんとか難を逃れる。


 危なかった。次はこちらだ。

 アシューテの肩越しに剣を突く。

 同じく斬りかかろうとしていた複製体に盾で受け止めさせることに成功した。


 ふう、なんとか間に合った。

 一体はフェルパに任せて、さっさと目の前のもう一体を仕留めるか。


 相手のスキをさぐる。先の一撃で警戒しているのか、複製体は盾をしっかりと構えていた。

 こいつはチト攻めづらいな。

 だが、時間はかけたくない。

 ならばこういうのはどうだ?


 盾で相手の視線をさえぎると、剣で複製体の足の甲を突く。

 だが、複製体はすばやく足を引いてかわしてしまう。


 いい反応だ。いまのをかわすか。だが、スキができたな。

 一歩踏み込み、剣を斬り上げた。これはさばけまい!


 ――だが、複製体はわたしの剣の動きについてきた。

 しかも、こちらが剣を振り切るより早く盾ではじいたのだ。


 なに!

 盾の扱いが格段にうまくなっている。

 それだけではない。

 このはじくタイミング。先ほどの戦いでわたしが使った技だ。

 力が乗り切らぬところを狙われ、わたしの体は泳いでしまう。


 そこへ追い打ちの剣。

 まさに、わたしが見せた動きそのものだ。

 まさか、学習しているのか? 他の個体の戦いを?


 相手の剣を、すんでのところで盾で防いだ。だが、強烈な一撃でさらに体勢を崩してしまう。

 マズイ。やられる。


 踏み込んでなんとか相手に密着。そのまま足をからませ、もつれるように互いに地面に倒れこんだ。


「アニキ!」


 アッシュが叫ぶ。だが大丈夫だ。このような戦いには慣れている。

 剣を捨てると、相手の手を取る。それから自身の体を支点にして肘を折った。


「ぐあああ」


 複製体は苦痛の声をあげる。

 痛かろう。もう、その腕は使えないな。

 

 今度は首だ。寝ころんだまま相手の背後をとると。腕を使って首を絞める。

 ゴキリと骨が折れる音とともに、複製体は痙攣して動かなくなった。

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