第133話 らせん階段

 部屋を出て進んでいった。

 通路はいく度となく分岐していたが、向かう先は迷わなかった。


「すげーな、こりゃあ」


 床に散乱するのは金属の破片だ。

 ここへ来て出会った金属の巨人。ゴブリンの胸を光の矢で貫いたあいつが、原型を留めぬほどにバラバラになって散乱していたのだ。

 その痕跡を追って進んできたのである。


「これなんかひしゃげてるよ」


 戦いの痕跡はいくつかあったが、今いるのがもっとも大きな痕跡だ。

 一体や二体とは思えぬほどの大量の残骸が転がっていた。

 その破片のひとつをアッシュが指さしている。 

 破片はおそらく腕の部分。まるで引きちぎられたかのように奇妙に歪んでいる。


「素手かこれ?」


 剣や鈍器で叩いたような歪みではなかった。

 柔らかな何かで圧をかけたような形。


「だろうな」

「マジかよ……」


 人にだせる力ではない。

 もちろん、わたしにもムリだ。フェルパが引くのも当然だろう。


「どうしても追うの? やっぱり危険じゃない?」


 そう問いかけるのはリンだ。

 ああ、たしかに冷静に考えれば追うべきではない。

 避けられる危険は避けるべきだ。ふだんの私ならそう判断するだろう。

 だが、なんというのか、直感が追えと言っているのだ。

 放置しては手遅れになるぞと。


「追う。やはり見すごすことはできん」


 迷いは死を引き寄せる。

 迷いを捨て、直感にしたがって動くのがいい。


「アニキ、ちょっといい?」


 割って入ってきたのはアッシュだ。

 珍しいな。この手の決断にはあまり口を挟まないやつなのだが。


「どうした?」

「いや、俺不思議に思ってさ。セオドアって魔法で姿、隠せるじゃん。じゃあ、なんでこいつらと戦ったんだろ? 素通りすればいいじゃん。その方が有利なのに」


 ふむ、たしかにそうだ。敵を残していた方が我らの歩みも遅くなる。

 にも関わらず、わざわざ我らが進みやすいように、なぜ敵を倒した?

 それに、敵を倒せば残骸がでる。自分たちがどちらに進んだか知られてしまうのだ。

 セオドアがこの程度、見落とすわけがない。


 まさか、誘っている?

 複製体を生み出させるだけでなく、まだわたしを利用しようとしているのか?


「実戦経験を積ませてるのかもな」


 そう語ったのはフェルパだ。

 そうだな、その可能性は高いだろう。

 わたしが倒した複製体は実戦経験に乏しかった。乏しかったからこそ倒せたともいえる。

 ジャンタールでは戦う相手に困らない。脱出する前に実践経験をたくさん積ませたかった。

 仮にその戦いで複製体が命を落としても、ジャンタールから出る前ならもう一度手に入れられる可能性だってあるしな。

 それに……。


「その通りだ。だが、それだけではないだろう。セオドアの魔法だ。たぶんだが、幻影魔法は金属の巨人には効かないのではないか?」


 幻影魔法は知能が低い相手には効かない。

 それだけでなく、命のないものにも効果がない。そんな気がするのだ。


「……なるほど、たしかに、そうかもしんねえな。だが、根拠はあるか? そう考えるだけの理由みてえなものが」

「いや、根拠はない。ただのカンだ。だが、そう考えればつじつまが合う。便利な操り人形が欲しかっただけではなく、その力がなければ迷宮を抜けられなかった。だからこそ、リスクを冒して今まで待った」


 わたしにつきまとうのはセオドアにとってもリスクがある。

 イヤガラセに命を懸けているように見えるが、実際のところ冷静に損得を考えて動いている、そんな男ではないのか、セオドアは。


 注意せねばならんな。

 さらに気を引き締めて先へ向かうのであった。




――――――




 やがて通路は広間へと行き当たる。

 広間にはただひとつ、巨大な円筒形の柱がそびえたっていた。


 円筒形の柱は不思議な形をしていた。

 上部と下部がやけに太く、まるで根の根のように床へ天井へとつらなっている。

 柱の表面はなめらかかつ薄く光っており、床に接する場所に人が通れそうな穴がある。

 穴をのぞくと見えるのは、上り階段だ。


「二階か」

「ああ、らせん階段のようだ」


 柱の中は空洞で、外壁から足場の板がいくつも飛び出している。

 板はらせん状に上へ上へと伸びており、見上げれば板の渦巻がまるで回転しているかのような錯覚におちいる。


「なんか、目が変」

「目ぇまわるな、こりゃあ」


 警戒しつつ階段をのぼっていく。先頭はわたし。つぎにリンで、シャナにアシューテと続く。

 最後尾はフェルパとアッシュだ。それぞれラプトルクローラーとロバを引き連れている。

 その最後尾の二人がブツブツと言い合いをしている。


「上向いても、下向いてもグルグルグルグル」

「あんま見るなよ」


 のんきなもんだな。

 いつ誰かに襲われるともしれないのに。


「見るなって言ったって、警戒しなきゃいけないじゃん」

「敵にか? ほどほどにな。目ぇ回ったら戦えねえだろ」


 ……いちおう警戒はしているらしい。

 しかし、あまり効果があるように思えないがな。

 アッシュはどうも目に頼りすぎるきらいがある。


「アッシュ、目だけでなく音も感じてみろ」


 少し口を挟んでみた。


「音? それならちゃんと聞いてるけど」

「いや、聞くじゃなくて感じるだ。空気の振動、音の跳ね返り、風の流れを肌で感じる」


 中でも音の跳ね返りは重要だ。

 物質があれば音は吸収や反射される。なにかが隠れていたら違和感につながる。それを感じるんだ。


「へ~」

「まあ、早い話が黙ってろってことだ」


 こちらの位置を教えてどうする。

 狙い撃ちされるだけだ。


「え~」

「ハハ、怒られてやんの」

「フェルパ、お前も同罪だ」


 などと言っているうちに上へとついた。

 広い空間だ。

 だが……。


「こいつぁ……」

「ここが塔の二階?」


 広い空間にあったのは無数の階段だった。

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