第125話 新たな道
地上へと帰ってきた。
魔物との戦いはいくつもあったが、さほど苦戦せず戻ってこられた。
いまは宿屋の食堂でくつろいでいるところだ。
みな食事を終え、追加で頼んだエールや葡萄酒を口に運んでいる。
今回の戦果は上々。手にいれた武器や防具を換金したら、それなりの金額になった。
ちなみに棺にあった盾アイギスと、メデューサから手にいれた弓は換金せずにおいた。
これらは、おそらく特別な品だ。二度と手にいれることはできないだろう。
気になる秘められた力だが、武器屋の店主にも分からなかった。
なにせ、いままで見たことのない品。使って確認するしかなさそうだ。
弓の貫通力、光の束を四散させた盾の防御力、すでにそうとう有用だとは分かっている。
そんな中、まったく使い方が分からない品がある。
『セキュリティーカード』だ。
どこでどうやって使えばいいのか、まるで分からない。
情報を収集する必要がある。
だから、その収集場所を決めようとしたのだが……。
「ちょっとぐらいゆっくりしたらどうだ?」
フェルパはわたしに休めと言う。
ずいぶんと、のんびりしているな。どうもフェルパらしくない。
「すでに十分休んだ。この程度でどうこうなるわたしではない」
帰ってきたのは昨日。たっぷり睡眠をとっていまは朝だ。
疲労が完全に抜けたわけではないが、そんなものいつもの話だ。
気にするようなものじゃない。
「なにも寝てろって言ってるわけじゃねえさ。気分転換にどっかブラついてろよ。アンタ働きすぎなんだよ。こっちまで急かされてる気にならあ」
「そうね、たまには休息も必要だわ。情報収集なら、あなたじゃなくてもできるし」
フェルパだけでなくアシューテにも言われてしまった。
ムゥ、たしかに一理あるな。あまり働かれては周りのものが気をつかう。
そんなつもりはなかったんだがな。あんがい、わたしも周りが見えていないのかもな。
「そうだよ。アニキばっかり活躍したら俺らの影が薄くなるじゃん」
「パリトにはもっと別のことで働いて欲しいからねぇ」
アッシュとシャナにも似たようなことを言われてしまった。
これはまさか、みなで示し合わせていたか?
「わかった。たまには羽を伸ばすとしよう。どこに行けばいい? おすすめの場所はあるか?」
しかたがない。乗っかるとするか。
せっかくの好意だ。踏みにじる必要もない。
「俺は酒場に行こうと思ってる。だから、それ以外だな」
フェルパは酒場か。
もしや、ただ飲みたいだけでは?
「わたしはちょっと文献を漁ろうと思うの。本がありそうなところを回ってみるわ」
アシューテは文献か。
これは本当にわたしの出る幕はなさそうだ。
「この街に見どころなんてないよ。俺はお店に行くけどね。まずは魔法屋」
アッシュは魔法屋か。さてはラノーラに会いに行くな。
べつに構わんが、他の店も行けよ。
「わたしは『PRISON』だね。あそこが一番情報が集まりそうだ」
シャナはPRISONか。
セオドアが根城にしていた場所だ。
いまは無料で食事がでると人が集まっていると聞く。
たしかに情報収集には向いてそうな場所だ。
しかし、おすすめの場所を聞いたのに誰も答えないな。
こっちには来るなと、邪険にされているだけな気もしてくる。
う~む。
「ねえ、パリト。私と一緒に歩かない?」
どうしたもんかと悩んでいると、リンに声をかけられた。
そうだ、彼女はまだ何も発言していなかった。
「ああ、もちろんかまわないが……」
そう答えた瞬間、みなが背を向けた。
……なるほど。そういうことか。
絵を描いたのはフェルパか? それともアシューテか?
いずれにしても、つまらぬことをする。
「こっちよ」
リンが私の腕を取り歩き始めた。
「ごゆっくり」
背中越しに語りかけてくるフェルパの言葉がなんとも鼻につくのだった。
――――――――
リンと二人で街を歩く。皆がいない街の南側だ。
相も変わらず代り映えのしない景色である。
立ち並ぶ巨大な壁に満天の星。変化があるのは敷かれた石畳のヒビくらいなものだ。
あたりには誰もいない。
われらの足音が、かすかにこだまするだけである。
リンの口数は少なかった。
なにか言おうとしているが言いだせない。そんな雰囲気を感じる。
「リン、星座ってここにもあるのか?」
「星座? ええ、もちろん」
あえてなんでもないような話をふった。
それから、たんなる世間話に、これまでやってきた失敗。
アッシュと出会ったときのことや、リンを仲間に誘ったときのことも話した。
やがて、会話は途切れた。
わたしもムリになにか話そうとしなかった。
ただ、無言のまま二人で歩き続けた。
いつしか街の最南端に来ていた。
前方には高くそびえる、巨大な塔が見える。
塔か。そういえばここに来て最初に目にしたな。
光を発する壁たちの中で、ただこの塔のみが色のつかない漆黒であった。
壮大さと不気味さを感じる。そして、奇妙な違和感も。
……なんであろうな。この違和感は。
「パリト、わたしね……」
その時、リンが呟いた。
だが、それっきり彼女は黙りこくってしまう。
ふーむ。やはり何かを伝えたいが、いいあぐねているみたいだ。
こういう時なんと声をかけるべきだろうか?
しばし考えたのち、自身の母親の話をした。優しくも厳しかった母、すでにこの世にはいない彼女との思い出。
それは、なんの
だが、なんとなく、それでいい気がした。
「パリト、わたしね。この街を出るなんて思いもしなかった。もちろん街の外を見て回る空想はしたわ。でも、本当は分かってた。このまま街で歳をとって死んでいくんだって。いえ、あるいは迷宮で死ぬのかもって」
街を出るか……。
いささか気が早いような気もするがな。
だが、リンは終わりが近いと感じているのかもしれない。
むろん、わたしも同じだ。
ムーンクリスタル、そして、出口へ確実に近づいていると感じる。
そうか、リンは不安なのだ。
わたしは街を出る。彼女もおそらくついてくるだろう。
しかし、迷宮と同じように自分が必要とされるか、不安になったのだ。
知らない場所、知らない人々、はたしてそこで今までのような関係が続くだろうかと。
みなが気を回すわけだ。
ジャンタール生まれはリンとアッシュだけだ。
アッシュは能天気についてくるに違いない。だが、普通は不安に思って当たり前なのだ。
「リン……」
彼女をそっと抱き寄せると、ここを出たらわたしの母親の墓でも参ってくれないか? 一緒に。と告げるのだった。
くっついて離れなくなったリンの頭越しに黒い塔を眺める。
やはり気になる。
この塔の持つ違和感はなんであろうか?
漆黒の外観、それだけじゃない。
ほかに要因がある気がしてならない。
この広さと高さだろうか?
たしかに、これまで見たどのような塔より広さも高さも……。
「そうか!!」
違和感の正体に気がついた。
高さだ。ここへ来たときオレンジを投げた。
それは壁の高さで透明な何かに当たって跳ね返った。
その様子を見て壁を乗り越えての脱出は不可能だと悟ったのだ。
だが、塔はその透明な何かよりはるかに高い。
そのような建造物は塔以外に一つもない。
違和感の正体はこれだ。
「リン、手伝ってくれ」
塔へと近づくと壁に触れた。
ツルリとした感触。冷たさはあまり感じない。
そのとき、ブンと音がした。
そして、漆黒の塔の壁に光の線が走る。
これは!
線は扉の形をしていた。
手を触れると、そこに壁はなく、触れた手が奥へと沈んでいった。
「パリト、それ……」
「ああ、入口だ」
外から奥は見えない。
しかし、確実に中へと入れるようになっていた。
まさか、こんなところに入口があろうとは。
われらはムダな探索をしていたのか?
――いや、ちがう。
『セキュリティーカード』。
これが新たな道を開いたのだ。
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