第124話 石像の中身

 ひとつの詠唱が終わり、水柱が上がった。

 それは石像の周囲を囲み、像の姿を隠してしまう。


 クソ! あれでは攻撃が届かん!!


 さらに周囲に霧が漂い始めた。

 氷の刃の魔法だ。

 やはり二種同時に操れるのか。


「Blind mist」


 霧は氷の刃となって周囲に浮かぶ。

 先端がわれらのほうを向く。


「Eye of a storm」


 アシューテの魔法だ。

 暴風が氷の刃をすべて弾き飛ばした。


 よし、いいタイミングだ。

 ふたたびアシューテが作ってくれたチャンス。ここで行くしかない。


 女の像目がけて走る。

 像を取り巻く水柱は暴風でも吹きとばされることなく、形を保っていた。

 厄介な魔法だ。あれを突破するのは、かなり骨が折れそうだ。


 飛んできた水流をかわす。

 これは一度見た。知っていればかわすのは造作もない。


 ドンと火球が水柱を打った。

 アッシュの杖だ。しかも、これまでにない大きな火球。

 だが、水柱は大きくうねっただけでいまだ健在であった。


 チッ、水と火。相性が悪すぎる。

 あの水柱をどうにかせねばいけない。今飛び込めば、また押し上げられる。


 シュンと矢が飛んだ。

 それは水柱へと深く刺さった。


 クロスボウの矢か?

 だが、あれでは水柱は貫けまい。


 ――いや、水柱が大きくうねった。

 隠れたはずの女の像の姿があらわになる。

 そして、見えた。

 女の像の胸に深く刺さる一本の矢が。


 まさか、水柱を貫通したのか? しかも、あの硬い石の体を貫いた?

 チラリと振り返ると、弓を構えたシャナがいた。

 となりには親指を立てているアッシュも。


 あれは!! 

 そうか、メデューサの弓だ。アッシュのやつ、ちゃっかり回収してやがったんだ。

 それをシャナに渡し、彼女が撃った。


 行ける。今がたぶん最初で最後のチャンス。


 猛然と駆けると、ありったけの力を脚に込めて飛んだ。

 狙うは女の像の首。

 一撃で仕留めてみせる!


 女の目がギョロリと私をにらんだ。

 狸寝入りは終わりらしい。だが、もう遅い。私の剣は、お前の目前だ。


 ガキリ。

 手に硬い感触が伝わった。

 しかし、渾身の力で振り切った剣は女の首をはねた。

 落ちた首は、泉を囲う石のヘリに当たってコロコロとむこうへ転がった。


「アニキ! やった!!」


 いや、まだだ。

 像の背後へ回ると心臓の位置に剣を刺す。


 硬い。

 向こう側へ貫くのに、数十回の突きを要した。


「パリト」

「まだ近づくな!」


 こちらに来ようとするリンに待ったをかけると、今度は斬り飛ばした女の首へ歩み寄る。

 たしかゴルゴーンとは不死だったな。

 しっかりと確認させてもらうぞ。


 剣はもうボロボロだった。

 また買い替えせねばならんな。まったく、よけいな手間ばかりかけさせやがる。


 女の首と目が合った。

 その目は笑っていた。


「楽しかったがサヨナラだ。地獄に行ったら妹にも伝えてくれ。もう二度と帰ってくるなってな」


 女の口が開いた。

 だが、その口から出てくるのは言葉ではなかった。


 閃光が部屋を照らした。

 私のかざした盾、『アイギス』に当たり、女の口から出た光の束は四散したのだった。


「悪いな。それは予想済みだ」


 矢のワナの最後に閃光。忘れちゃいないさ。

 剣を振り下ろす。

 女の額に深く食い込んだ。

 やはり硬い。だが、時間はある。

 剣が壊れるのが先か、お前が壊れるのが先か、試してみようじゃないか。


 


「パリト、あったわ」


 アシューテが見つけたのは小さな文字だ。

 女の像の一番下、泉の水で隠れていた場所にその文字は刻まれていたらしい。


「なんと?」

「ひとつはMODEL pcfmx-1ね」


 なんだそれは?

 わたしにも分かるように言ってくれ。


「意味は?」

「さあ? わたしもよく分からないの。ひとつのグループを表しているのかもね」


 グループ?

 所属する組織みたいなものだろうか。


「もうひとつは?」

「ステンノ―。ゴルゴーン三姉妹の長女の名よ」


 やはりそうか……。

 なんてことはない。ゴルゴーンの一匹は最初からわれらの目の前にいた。

 神殿を攻略したものに襲い掛かるように作られていたのだろう。


「ねえ、その首、どうするの?」


 アッシュが指さすのは、原型を留めぬほど変形した女の像の首だ。

 興味深いことに、崩れた石の像からは大量の金属片が見つかった。

 石は表面をコーティングしていたに過ぎない。本体は中の金属片なのだろう。


 こいつは魔物じゃない。それどころか生物ですらない。

 誰かの悪意のかたまりだ。


「砂漠に捨てていこうと思っている」


 誰の目にも届かいない場所。そんなところがコイツには相応しい。


 さて街へ帰るか。

 さすがにチト疲れた。剣も買い替えねばならんしな。

 全ての荷物をまとめると、出口へ向かって歩きはじめる。

 降りていた格子戸は、女の首に剣を振り下ろしている間に上がっていた。

 勝ちを認めてもらったようで、なによりだ。


「じゃあな。今度こそサヨナラだ」


 扉を開くと外の景色が飛び込んできた。

 果てしなく続く砂。吹き付ける熱風。

 またここを抜けなければならないと思うと、少々げんなりした。


「またのご利用お待ちしています」


 背後で声が聞こえたが、今度は振り返らなかった。

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