第123話 敵の正体

 術者がどこにいるか分からない。声のみ聞こえてくる。

 クソ! これでは攻撃ができないではないか!!


 どうする。一旦引くか?

 だが、こちらの考えなどお見通しだと言わんばかりに、格子戸が天井から降りてきた。


 マズイ! 閉じ込められる!!

 降りてきた格子戸は東西南北の四方向、いずれも扉をふさぐ位置だ。

 一番近いのは南、私の足なら間に合う!


 ロバの背からヤリを抜き取ると、猛然と駆ける。

 ギリギリだった。ヤリをつっかえ棒にして、降りる格子戸の動きを止めた。


「みな、こっちだ! 早く抜けろ!」


 しかし、無情にもヤリはベキリと折れ、格子戸は下まで降りてしまった。

 完全に閉じこめられた。

 この格子戸は破壊できそうにない。


「あ! クソ! どうすんだよ! このままじゃヤベーぞ!!」


 さすがにフェルパも焦っている。


「なに!? あれどうなってんの?」


 リンはというと、現状に戸惑っていた。

 それも致し方ない。まさかこんな魔法の使い方があるとはな。

 魔法が詠唱で効果をなすというのなら、声のみ届ければいいわけだ。

 なにも姿を現す必要はない。


 うかつだった。

 可能性は示されていたではないか。

 重さではなく、まるで姿が見えているかのように作動する矢のワナ。

 姿なくして語りかけてくる女の声。

 それで気づくべきだった。


 ――それにだ。

 アシューテが言っていたではないか。

 ゴルゴーンはまだ二匹。『姿なき姿を見、声なき声を聞け。盲目の羊のみが唯一の道しるべ』も終わっていないのではないかと。


 そうだ。

 どちらも終わっちゃいない。

 道しるべが終わっていないのなら、ゴルゴーンだって終わっているはずがない。

 そこに注意を払うべきだった。

 私のミスだ。

 予期していれば、もっとやりようもあったはずなのに。


「アニキ。これアニキの力で持ち上げられない?」

「ヤリをヘシ折るような重さの格子戸をか? さすがにムリだな。開く方法はおそらく別にある」


 物理的に格子戸をどうにかするのは不可能だ。

 触れてみたが、とてもじゃないが破壊できる硬さじゃない。


 謎を解く、敵を倒す。必要とされているのはそのどちらかだ。

 考えろ。打開のヒントはきっとどこかにある。


「The water……flowing……」


 また詠唱が聞こえてきた。

 さきほどと同じ魔法か。次もうまくかわせるとは限らない。


「……surface……change……」


 詠唱は更に続く。

 考えろ。なにか見落としはないか?

 常識を疑え。意図的に刷り込まれたものがないか考えるんだ。


 ……部屋全体を見渡した。

 そして、見つけた。その刷り込まれた常識のひとつを。


「アシューテ、援護を!」


 そう叫ぶと駆けだす。

 目指すは翼の生えた女の像だ。


 探索者に水を与え続ける女の像、ここは安全地帯だとフェルパが言っていた。

 安全地帯の常識が破られた今、導き出される敵は――お前だ!


 五歩、十歩と足を強く踏み込む。

 そして、跳躍。

 泉のなかにたたずむ女の像に斬りかかった。


「Water column」


 だが、とつじょ泉の水は盛り上がり、巨大な水柱となった。

 それは襲いかかろうとする私の体を天井へと押し上げた。


 グ! やはりこいつが敵か!

 背中を激しく天井に叩きつけられ、息が詰まる。

 そこへ追撃。下へ落ちようとする私目がけて、矢のような水流が放たれた。


 それは喰らわん!

 あらたに手にいれた盾、アイギスで受け止める。

 しかし、水流の勢いはすさまじく、盾を構えたかっこうのまま、後方に吹きとばされてしまった。


「アニキ!」

「大丈夫だ」


 空中で半捻り。床へと着地すると、いいから杖で援護しろと顎でアッシュに合図する。そして、また駆けだした。


 シュバリ、シュバリと水流が飛んでくる。

 左右のステップでかわしながら距離をつめる。


 これでも喰らいな!

 スローイングナイフを投げた。

 泉からふたたび水柱が上がったが、それより先にナイフは像の額を打った。


 金属がはじかれる音がした。

 わたしの投げたスローイングナイフは像には刺さらず、横へとはじかれたのだ。


 チッ、硬い。石、あるいは金属だな。ナイフ程度ではかすり傷にもなりゃしない。


「ム!」


 水柱が高く、そして横に大きく広がった。

 それはまるで津波のように、こちらに向かって押し寄せてきた。


「うわ!」


 アッシュが杖の炎を放つ。

 しかし、炎は水柱に飲み込まれ、その水柱は何事もなかったかのように、われらに迫ってきた。


 グッ!

 盾で受けるも、激しい水の勢いに流される。

 天と地が何度もひっくり返った。

 立ち上がったときには壁際まで、押し戻されていた。


 クソ! やっかいな。


「……surface……change……」


 また詠唱だ。

 なんともスキがない。

 打ち終わりがどこか分からない。


 なぜ魔法をこんなに発動できる?

 一度放ったら、また呪文を唱え直さねばならぬのではないのか?


「This waves……」

「……surface……change……」


 ――が、その疑問はすぐに解けた。

 女の声が二つに重なって聞こえてきたからだ。


 同時詠唱!

 そうか、口からの発声でなければ、それも可能なのか。

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