第122話 ヒツジの先にあったもの
さてと、問題はここからだな。
壁に羊が描かれていただけでは何の解決にもなっていない。
この羊がどう先に繋がるかだ。
「『姿なき姿を見、声なき声を聞け』か……」
そう呟きながら壁を叩く。
ゴツゴツと硬く詰まった音が返ってきた。
一番考えられるのが隠し扉だ。
だが、この絵のむこうにはなさそうだ。
ならば周辺はどうだ?
位置を変えて、とにかく壁を叩いてみた。
すると、ゴツゴツと低い音から、コココと高い音に変化する場所を見つけた。
「ここだ」
力を込めてコブシを叩き込んだ。
すると、やはり中は空洞だったようで、崩れた壁の奥から小さな空間が姿を見せるのだった。
「アニキ、やった!」
「え! 通路!?」
「おおおお!」
みな我先にと崩れた壁の中を覗き込んできた。
すごくジャマだ。
彼らを押しのけると石壁を手で崩し、よく見えるようにする。
「小っちゃ!」
「通路じゃないのかい?」
壁の中にあったのは、奥行き高さ幅ともにわたしの腕の長さぐらいしかない空洞だ。
完全に行き止まりで、大きさから考えて通路であろうはずもない。
「なにかある」
だが、空洞の奥には金色に光るカードがあった。
それも数枚。手を伸ばして取ってみる。
「なんだい? それ?」
「わからん。裏に文字が描かれているようだが」
カードの表はただの幾何学模様で、意味はなさそうだ。
裏には短い文字が書かれている。
とうぜん、読めないのでアシューテに手わたした。
「Security cardね」
「なんだって?」
われらに分かるように言ってもらいたい。
「セキュリティーカードよ。直訳すると安全、防護のカード。ようはこれがあったら、入れない場所にも入れるってこと」
……入れない場所?
そんな場所あったか?
「アシューテ、いまひとつ意味が分からない。入れない場所とはなんだ? カギつきの扉を通過できるという意味か? それとも壁そのものを通過できるという意味か?」
壁を通過できれば、そんな楽な話はない。
とりあえず、すぐそばの壁を触ってみた。
とくに手が沈んでいくようなこともなく、セキュリティーカードとやらを押しつけてもやっぱり壁のままである。
「鍵つきの扉のほうじゃない? セキュリティーカードはどちらかというと許可証みたいなニュアンスだし」
鍵つきの扉……。
まったく思い当たるフシがないのだが……。
「だれか心当たりがある者は?」
そう言って見回してみても、みな首を横に振るばかりだ。
ならば他に道が?
「こことは別に羊の絵を見つけた者は?」
これにも、みな首を横に振っていた。
新たな道はないと考えていいのだろうか?
「なあ、大将。いったん帰らねえか? 次の行き先はゆっくり考えようや。なんなら酒場で情報を収集してもいいし」
フェルパに言われて、しばし思案する。
……ふむ。それも一理あるか?
迷宮のすべてを探索したわけじゃない。
やみくもに探すより、情報を買ったほうが早いし手堅くもある。
「異論のある者は?」
口を挟む者は出てこなかった。
いいだろう。帰るとするか。
少し引っかかりがあったものの、それを飲み込むと、来た道を引きかえすのだった。
――――――
「ソイツは大将が使うのか?」
フェルパに問われた。彼の言うソイツとは石棺のなかで見つけた盾だ。
『アイギス』の銘が刻まれており、特殊な品であると想像できた。
「そのつもりだが」
死者にはもう盾など必要ない。遠慮なくいただいておいた。
埋葬した者の気持ちを考えると微妙だが、あんなところに置いた時点で持って帰られてもしかたがないだろう。
ヘタに置いていってあとで必要になり、もう一度取りに行くなんてのはゴメンだしな。
「そうか、似合ってるぜ」
皮肉か本心か分らぬようなフェルパの口ぶりだ。
やっぱり、どうもつかみどころのない男だな。
ちなみにセキュリティーカードは六枚あった。
ひとり一枚ずつ。もう配ってある。
なぜ人数分あったのか、ほかの探索者が来た場合カードはもうないのかなど疑問点は多かったが、いまは考えないようにした。
「やっと着いた」
「帰りは楽だったねえ」
「ワナがねえからな」
歩くことしばし、最初の大広間へと到着する。
出てきたときと変わらない。羽の生えた女性像があり、そこから流れる水が泉をつくっていた。
「待たせたな」
つないでおいたロバ、ラプトルクローラーともに元気そうである。
置いていたエサは半分ほどなくなっていた。
数日分がもう半分だ。さすがに食べすぎだろう。
ちらりとロバに目をむけると、あからさまに目をそらされた。
ムダに知能が高い。
「食いすぎだよ、まったく」
いっしょに行けないことに腹を立てたのか、それとも羽を伸ばしすぎた結果か、一回り大きくなったロバの腹を見て、ため息をつくのだった。
「では、行くか」
休憩をはさんだのち、いよいよ帰路につく。
神殿の攻略では一日ほどしかたっていない。だが、ずいぶん長くここにいたような気がする。
「Thank you for coming We hope you enjoyed yourselves!」
そのとき、どこからともなく声が聞こえた。
なんと言っているか分からないが、若い女の声だ。
そういえばここへ入ってきたときも、同じように声が流れていたな。
「来てくれてありがとうですって」
アシューテの言葉を聞いて、苦笑いがでた。
来てくれてありがとうか。こちらこそ命をもてあそんでくれてくれてありがとうだ。
二度と来る気になれないね。フンと鼻を鳴らすと再び歩き始めた。
「……just a moment.あなた達に贈り物があります。英雄にふさわしきpresentです」
「ちょっと待ってだって。なにか贈り物があるそうよ」
また女の声だ。
今度はわれらの言葉も混じっていた。
アシューテが翻訳してくれたが、そうでなくとも内容は理解できた。
「贈り物はいらないから、出口を教えてくれ」
足をとめると、そう言い返しておいた。
出口とは、もちろんジャンタールの出口だ。
それぐらいしてくれてもバチは当たるまい。
「The water……flowing……」
「おいおいおい、こちらに分かる言葉でしゃべってくれ」
女は一方的にジャンタールの言葉で語りかけてくる。
声の出どころは天井か?
場所ははっきりとしないが、この声、やけに部屋全体に響き渡っている。
まったく失礼な女だ。
アシューテがすぐさま「水は高きから低きへと流れ、大地へと注ぐ」と翻訳してくれたからよいものの、われらが英雄だと言うのなら、少しは合わせてもらいたいものだ。
「……surface……change to……waves……」
「
女の言葉は続いている。
なんだ? なにか違和感がある。
翻訳するアシューテも同じく感じたようで、表情が一変していた。
マズイ――!!
「散れ!!」
「魔法よ!!」
「Blind Mist」
三っつの声が重なった。
その後、軽い爆発音と共に煙がたちこめる。
チッ、贈り物が魔法とは。
最後の最後でやってくれる。
煙は部屋全体に広がり、われらの鎧に無数の水滴をつける。
そして、その水滴は、硬く鋭く尖っていくのだ。
コイツは煙ではない。霧だ。しかも急速に凍りはじめている。
部屋の温度が下がっているのだ。息を吸うたび喉に痛みが走り、みなのまつ毛も白く変化している。
ヤバイぞ。
気づけば我らの周囲には、無数の氷の塊が浮かんでいた。
それはまるで刃のように鋭く尖り、キラキラと光を反射させているのだ。
「伏せろ!!」
鋭く尖った氷の刃が一斉に飛んできた。
とっさに地面に伏せたものの、背中を刃が切り裂いた。
「ぐあ!」
「痛ぅ!」
流体金属の鎧を着ている者はたいした傷を負っていない。
だが、フェルパやシャナなど着ていない者たちは、背中に裂傷を負っていた。
――クソ!
氷の塊はなおも周囲に浮いている。
しかも、今度はわれらの周囲を高速でまわり始めたのだ。
その速度は、みるみるうちに上がっていく。
ゴオオとうなる音。氷塊同士が激しくぶつかり合う姿も見られた。
あれに巻き込まれたら終わりだな。
流体金属のヨロイといえども、とても耐え切れまい。
自身のヨロイに目をむけた。ヨロイの表面は凍っており、裂かれた傷を修復できないでいた。
どうする?
このままでは――
「Eye of a storm」
アシューテの声が聞こえた。
暴風の魔法、最後の言葉だ。
周囲をうずまく氷の刃の速度が徐々に落ちてくる。
相殺しているのだ。
反対側の回転を加え、その動きを弱めている。
さすがはアシューテだ。いち早く詠唱に入っていたとは。
やがて、回転は逆となり氷塊どもを巻き込んで天井に衝突、氷塊は完全に砕け散った。
よし!
この機を逃すな!
術者を仕留めるなら今だ!!
そうして、剣の柄に手をかけたときに気がついた。
術者?
術者とは誰だ? どこにいる?
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