第121話 行き止まりと石棺

 扉を開くと真っすぐな通路が続いていた。

 その幅は地下四階までよりもやや広く、左右の壁には羽の生えた石像がいくつも向かい合わせで並んでいる。


「なんか、いかにもって感じじゃないかい?」

「そうだな、たしかに雰囲気が違う」


 シャナの言うように、この先なにかが待ちかまえてそうだ。

 敵かワナか、はたまた財宝か。

 ゴルゴーンがいた部屋からずっと、これまでと違うなにかを感じているのは確かだ。


「シャナ、この石像を覚えているか?」

「ああ、覚えているよ。ジャンタールの門にあったやつじゃないかい?」


 そうだ。

 ジャンタールに入る前、月明かりとともに現れた城壁の切れ間にあったのがこの像だ。

 その間を抜け、われらはジャンタールへとやってきた。


「ねえ、アニキ。ゴルゴーンじゃないよね?」

「いや、それはわからん」


 アッシュが言わんとしているのは、壁際にある石像がゴルゴーンの仕業ではないかということだ。

 それは、違う。

 石像は規則正しく並べられている。おそらく、調度品として最初からあったものだろう。


 とはいえ、ゴルゴーンが出てこないと考えるのは早計だ。

 通路やこの先にいる可能性だってあるのだ。

 また、ゴルゴーンが三匹だけとは限らない。

 思い込みを逆手にとってくるのがジャンタールなのだ。


 視線に気を配りながら進む。

 やがて通路は大きめの部屋へと突き当たった。


「行き止まり……か?」


 フェルパの言葉にうなずく。

 この部屋には扉がない。われらが歩いてきた通路もそうだが、周囲を囲むのは石組みの壁のみでトビラは一つもなかった。

 天井や床に穴や階段もない。

 隠しトビラでもない限り正真正銘の行き止まりだ。


 ただ……。


「石棺か?」

「だろうな。形といい、大きさといい、石棺で間違いないだろう」


 殺風景な部屋の中央には、ポツンと石でできた棺がある。

 しっかりとフタがされ、中は見えない。

 棺の大きさは、わたしの1.5倍程度だろうか?

 人、あるいはそれに近い者の棺に違いない。

 ――あくまでこれが棺ならばだが。


「なんでこんなところに棺が?」

「さあな」


 神殿とは実は墓で、盗掘を防ぐためにさまざまなワナを施していたとも考えられる。

 それならばここに棺があって不思議ではない。


 ――いや、ないな。

 ジャンタールにそんな血の通った感情があろうはずもない。


「中を見ればわかるさ」

「大将、気をつけろよ。どんなワナがあるかわかったもんじゃねえ」


 その通りだ。

 棺を開くと床が抜ける、中にゴルゴーンがいて目が合うなど、考えだしたらキリがない。

 それぐらいワナには慣れてしまった。

 今回は十分距離をとって、確認させていただくとしよう。


「いちにのさんで引くぞ」

「わかったわ!」


 棺のフタにロープをくくる。

 それを通路まで戻ってみなで引っぱるのだ。

 これである程度のワナは避けられるに違いない。


 油の入ったビンも用意してある。

 なにか出てきたら、これで焼け死んでもらう。


「アシューテはうしろの石像を見ておいてくれ。襲ってこないとも限らない」

「ええ、任せて」


 背後にも注意する。規則正しく並んだ像たちだ。

 ジャンタールでは死者が動く。これら石像が動いたところでいまさら驚かない。


「じゃあ、行くぞ! いち、にい、さん!」


 一気にロープを引いた。

 石棺のフタはズズっと重い音を立てると、やがてゴトリと床へ転がった。

 さて、なにが出てくるか。


「……」

「……」


 みなしばらく無言で見つめていたものの、中からなにかが出てくることはなかった。

 石像が動くことも、ワナが作動した形跡もない。


「大将」

「行くか」


 警戒しつつ棺へと近づくと、中をのぞいた。


「骨?」

「それと盾か?」


 棺の中は人骨と思えるものが横たわっており、その胸の上に鏡のように磨かれた盾がひとつ置いてあった。


「どういうことだ?」

「これで終わり? ムーンクリスタルは?」


 みな困惑している。

 まさか本当に墓なのか?


 注意しつつ盾に手を伸ばした。

 これが何かの道しるべになったりはしないだろうか?


 盾には文字が刻まれていた。

 ジャンタールの文字だ。アシューテに読んでもらう。


「『アイギス』ね」


 アイギス?

 たしか神話ではメデューサを倒した勇者が持っていた盾が、そんな名前ではなかったか?


「ほかには?」

「いえ、ないわ。ただアイギスとだけ」


 盾をくまなく探ってみたが、それ以外の文字は書いていなかった。


「バカな! それだけか? ここには、そんなものしかないのか!!」


 たまらず声を荒げたのはフェルパだった。

 珍しいな。いつも冷静な彼らしくもない。


 フェルパは棺の底を探り始める。

 地下へつながる通路、スイッチ、そのようなものを探しているように思えた。

 だが、なにも見つからなかった。

 盾と骨、それ以外にはなにも。


「があああああ。どういうことだ! ここまで来て、見つけたのがこのチッポケな盾だけだと!!!」


 こんなフェルパは初めて見る。

 感情ムキ出し。人を食ったようないつもの姿はそこにはない。


「フェルパ、落ち着け」


 そう言ったものの、フェルパの気持ちは理解できた。

 彼は神殿になにかあるはずだと希望をつないでいたのだ。

 ここで彼は多くの仲間を失ったのだろう。それがなにもないでは、さすがにむくわれない。


「これが落ち着いていられるか!」


 フェルパは石棺をケリつけていた。

 気持ちはわかるが、そんなことをしてもな。


「パリト、わたしもちょっと……」


 シャナも落ち込んでいた。リンもアッシュも同様だ。

 彼ら三人は放心したまま、石棺を見つめている。


 だが、ひとり冷静な者がいた。

 アシューテだ。頬に手を当て、考えるそぶりを見せている。


 なにかが引っかかる。そんな表情だ。

 ……そうだな、わたしも同様だ。どうにもなにかが引っかかる。


「みんな落ち着け。ちょっと気になることがある」


 これで終わりとは、どうも思えなかった。

 現実は意味のないことだらけだ。ここが単なる墓でもおかしくない。

 だが、ジャンタールは違う。

 すべてに意味がある。ここはそういう場所ではないのか。


「アニキ、気になることって?」

「そうだな……その前にアシューテ。君の考えを聞きたい」


 彼女はジャンタールの研究者だ。まず意見を聞いておくべきだろう。

 もし彼女がわたしと違う考えをもっていて、わたしの意見に引っ張られる。それは避けなければならない。


「ひとつ前の扉に書かれていた文言なんだけど、あれってあそこだけのことかしら?」


 そう、それだ。

 やはり、アシューテも同じか。

 あのときはゴルゴーンのことだと納得したものの、いまひとつシックリこない自分がいたのだ。


「どういうことだ?」


 聞き返したのはフェルパだった。

 彼の表情はまだ厳しいままだ。


「『姿なき姿を見、声なき声を聞け。盲目の羊のみが唯一の道しるべ』。ゴルゴーンは三体よね? でもまだ二体しか出てきていない。ではこれもまだ終わってないんじゃないかしら?」


 そうだ。その通りだ。

 あの文言があの部屋だけだと誰が決めた。

 そんなものはただの思い込みに過ぎない。


「え? じゃあ……」


 今度は聞き返したのはアッシュだった。

 フェルパはというと、ピンときたようで、すぐさま棺の側面やら床などに目を向けていた。


「羊だ。みな羊を探せ。壁、床、天井。どこかにないか確認するんだ」


 羊はどこかにある。

 きっとこの近くのどこかに。


 そして……。


「あった! あったよ、アニキ!!」


 見つけたのはアッシュだ。

 壁の隅のほう。小さく描かれた羊をみつけたのだ。

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