第120話 ゴルゴーン三姉妹
「ゴルゴーン三姉妹?」
アッシュがなにそれといった顔でたずねてくる。
いまは二匹目のメデューサを倒したところだ。
わたしは石化してしまったが、相手も石化した。それにともない、わたしは元に戻ったわけだ。
かなりギリギリの戦いだった。仲間や運に助けられた部分も大きい。
「おとぎ話では神の怒りを買った三姉妹が醜い姿に変えられてしまったそうだ」
「へぇ~」
アッシュは感心しつつ像を見上げる。
完全に石となったメデューサは、われらのすぐ横にそびえたっている。
「その顔があまりにも醜くて、目にした者を恐怖で石に変えてしまう」
「ふ~ん。でも、なんで石なんだろう? たしかにスッゴク怖いけど」
こんな巨大な生物が悪意を持って襲ってきたら怖くて当たり前だ。
顔どうこうの話ではない。
本来、伝説とは話に尾ひれがついたものだ。
恐怖で体が硬直したり、あまりの凄惨さに言葉を失い立ち尽くした様子を石と表現したと考えられる。
しかし、こうして実際にメデューサを目の当たりにすると分からなくなってくる。
尾ひれがついたのではなく、れっきとした事実があり伝説として残った。これは以前も考えた理屈だ。
だが、わたしの頭には別の可能性が浮かぶ。
伝説があり、それを模したものがジャンタールではないのかと。
「で、大将。メデューサの首はどうしたんだ?」
フェルパの質問だ。相打ちを狙ったあの首、いまはわたしの手にはない。
「穴に捨てたよ」
あんなものいつまでも持っていられない。
落とし穴を開くと、そこに投げ捨てた。
誰かが目にして石になってしまえば、それこそ元に戻せなくなってしまうからな。
「なんだよ、捨てちまったのか? もったいねえ。ずっと持ってりゃ無敵だったんじゃねえか? かざして歩いとけばみんな石になる」
「わたしが振り返ったらオマエも石になるぞ」
敵を石にするだけならいいが、味方までまきぞいなどシャレにならん。
あるいはうっかり自分が見てしまったら、もうなにがなにやら分からなくなる。
「ねえ、アニキ」
「どうした? アッシュ」
アッシュの疑問は尽きないようだ。
あまりここでのんびりするのは得策ではないんだがな。
「メデューサが死んでアニキは元に戻ったわけじゃん。シャナも」
「ああ」
「じゃあなんでこの大きなメデューサは元に戻らないの? アニキが首切ったやつはもう死んでるんでしょ? そもそもなんで死んでるのに相手が石になるの? ほんとうは死んでなかったってこと?」
アッシュのやつ、なかなかグイグイとくるな。
たしかに死んでいるにもかかわらず相手を石化させるのもおかしいし、死後石化をとく方法がないのなら、生きているころより死んでいた方が強くなってしまう。
おおいなる矛盾だな。
そもそも普段どうしてるんだって話だ。
同じ場所にいれば出会うことも多かろう。
おたがい見つめ合って、ともに石化し、ともに魔力が解けて元通りになる。
そんな日常を繰り返しているのか?
なんともバカらしい話だ。
「アッシュ君。伝説ではね、ゴルゴーンはステンノー、エウリュアレー、メドゥーサの三姉妹だそうよ」
ここで入ってきたのがアシューテだ。
この手の伝承は、わたしより彼女の方がくわしい。
「ゴルゴーンは不死だったの。でも三姉妹のなかでメデューサだけが不死じゃなかった。だから、いまここにいるのがメデューサで、パリトが首を切ったのがステンノーかエウリュアレーかもしれない。首を切っても生きていたのはそれが理由かもね」
なるほど。
それだと多少つじつまが合うか。あくまでも多少だが。
だが、アッシュはいまいちピンときていないようだ。それを察してかアシューテは言葉をつなげていく。
「ただ、それだとシャナさんが元に戻るのもおかしいけどね。死んでないのなら、そもそも石化は解けないし」
そうなのだ。
石化の能力がどうも納得いかない部分がある。
とはいえ、世の中すべて理屈通りにいくとは限らない。
とくに、ここジャンタールは、我らの知る常識がまったく通用しない。
「まあ、考えても答えは出ないさ。ほどほどにするのが一番さ」
首をかしげてるアッシュにそう伝えた。
考えるのも大事だが、いまは先へ進むことだ。
「なあアッシュ、一個だけハッキリしていることがある」
「え? なに?」
「ゴルゴーンは三姉妹。あと一匹残ってるってことだ」
「……げ!!」
そうなのだ。これがのんびりしてられない理由だ。
治療薬を口に含むとゴクリと飲んだ。
これで、じき傷も癒える。
「アニキ、さっさと行こう」
「調子いいな、おまえ」
フェルパのツッコミでみなが笑った。
とにもかくにも、全員無事でよかった。
今回は本当に危なかった。さらに気を引き締めて進まねばな。
同じ轍は踏まない。そう自分に言い聞かせて、先を目指すのだった。
――――――
周囲を警戒して進んでいく。
あいも変わらず広い部屋で、立ち並ぶ柱がたいまつに照らされ、いくつも影を作っていた。
あれから敵には会っていない。そろそろ出口を見つけたいところだ。
とはいえ、出口がどちらの方角にあるかさえ分からない。
とりあえず北を目指してはいるが、透明の壁やら落とし穴でまっすぐ進むことができないのだ。
「精神的にクルぜこいつは」
フェルパの言うように、行きたい方向に進めないのはなかなか精神に負担がかかる。
透明の壁による行き止まりなんてのは、特に疲れを感じる。
「あ……」
アッシュが小さく声をあげた。
どうした? なにかあったか?
地図を描いているのは彼だ。なにか気づくことがあったのだろう。
「ねえ、アニキ。俺、見つけちゃったんだけど……」
「なんだ?」
アッシュの持つ地図に顔を近づける。
「いや、そっちじゃなくてこっち」
アッシュが指さしたのは柱だ。
それも装飾が描かれている部分。
「羊か?」
「うん」
柱には花やら人やら四角やら様々な模様が描かれていた。その中の一つに羊がある。
アッシュが指摘しているのはこの羊だ。
……なるほど、羊か。
別の柱を見てみた。
装飾はほとんど同じだったが、たった一点、羊がジャガーになっていた。
「入口にあったあの文言か」
「うん……」
『姿なき姿を見、声なき声を聞け。盲目の羊のみが唯一の道しるべ』
姿なき姿と盲目はメデューサを意味しているのだろう。
声なき声も同様だ。声を発せぬ石像の表情からその存在を読みとれと。
そして、問題の道しるべだが、壁の装飾がヒントだ。
ようは羊が描かれた柱にそって進めと。
柱をよく観察しながら歩いてみた。
すると羊が描かれた柱をいくつか見つけ、それにそって歩いていけば落とし穴も透明の壁にも阻まれることなく北の壁へと到着した。
しかも、目前には入ってきた時と同じ豪華な扉がひとつある。
「なあ、大将。もしかして、これにそって歩きゃゴルゴーンと戦わなくてすんだとか?」
「……可能性はある」
けっきょくあれから魔物に出会っていない。
もちろん、三匹目のゴルゴーンにも。
「今度から書かれた文言について、よく考えてから進むべきね」
アシューテの言葉がヒドく心に刺さった。
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