第114話 強欲な神

 壁画の先の通路を進む。

 いくつかの曲がり角をへて行き止まりへとたどり着いた。

 そこには一つの扉。開けた先にまたワナが待ちかまえているんだろう。少々ゲンナリする。


 そして、この扉、これまでのものと違った。

 金属で出来ており、上部と下部に留め金がある。

 その留め金は天井、床へとつながっており、留め金を外さねば扉は開かぬようにできていた。


「へんな扉」


 アッシュの言うように変わった作りだ。

 特にドアノブの部分が特徴的で、大きな円盤となっている。

 円盤の大きさは、直径がコブシから肘ぐらい、厚みは手に収まるほど。

 ようは、ドアノブが大きく平らになった形だ。


「やけに厳重だな」


 フェルパの言葉には、うなずきで返した。

 上下の留め金もさることながら、このドアノブ、両手で回す構造だ。

 それだけ捻るのに力がいるわけだ。

 気密性を考えた作りなのかもしれない。


「水ってこたぁねえよな?」


 その可能性も捨てきれない。開けたら水が押し寄せてくるなんてフザけた罠だってありうるのだ。


「そんなときは一目散に逃げるさ」


 命あっての物種ものだねだ。

 ここまで来て逃げるのはシャクだが、生きてさえいればまた次の手を打てる。


 まあ、水没した通路を選んでいないから水はこないと信じたいがね。

 そのあたりのルールは一貫している気がする。

 あるとしたら土砂どしゃか。大量の土砂が押し寄せてくるとか。

 いずれにせよ、開けるしかないのだけれども。


「逃げる体制は整えておけよ」


 そう言いながら上部の留め金に手を触れる。

 だが、その瞬間に声がかかった。


「待って! そのワイヤーは何?」


 リンが言うのは留め金についているワイヤーだ。

 とても細く、よほど注意していなければ気づかない。


「よく気がついたな。おそらくワナだ。留め金を引っ張ると作動するんだろう」


 もちろん、わたしも気がついていた。

 問題は解除方法だ。


「下がってろ」


 ナイフを取り出すとワイヤーを切った。

 引っ張らなければ大丈夫。……たぶん。


 ワイヤーを切ったあと、しばらく待ってみたがなにも起こらない。

 大丈夫そうだ。

 留め金を引き抜いた。


 やはりなにも起こらない。

 下の留め金も同様にしてはずす。

 そして、最後に円盤状のノブを回した。


 ギギギギ。

 サビを振り払うかのように音を立ててノブは回る。

 しばらくすると抵抗は少なくなり、ノブは軽快に回っていった。

 もう何回転、回しただろうか?

 数えるのもバカらしくなってきたきたころ、ノブはそれ以上回らなくなった。


「いよいよだな。開けるぞ」


 扉を押した。

 少しの抵抗とともに扉は大きく開く。


 最初に感じたのは強い光。その後、尋常ならざる暑さと息苦しさを感じた。


「うっわ! なにこれ!?」


 前方には火柱が立っていた。

 それも数えきれないぐらいの数。

 扉の先は広い部屋となっており、数十歩先は床も途切れ、はるか下にはマグマが見える。

 そこから幾本も火柱が上がっているのだ。


 ここを進めというのか?

 足場もなしにどうやって?


 床は完全に途切れている。それどころか横の壁もない。

 あるのは入ってきた後方の壁とマグマを超えた先にある向かいの壁だ。

 壁を伝っていくことすらできない。

 なんらかの謎を解かねば進めないのは明白めいはくだった。


「どうすんだよ、これ?」

「さあてね」


 ひとつ考えられるのは台座だ。

 ちょうど床が途切れるあたり、床からせりあがった円筒形の台座のようなものがあった。


「行ってみるか」


 尋常ならざる暑さだが、立ち止まってもいられない。

 台座まで近づいてみる。

 すると台座の側面に金属のプレートがあり、なにやら文字が描かれていた。


「なんと書いてある?」


 文字はジャンタールのものだ。アシューテにしか読むことができない。


「『その身と等しきジェムを捧げよ。さすれば道は開けるだろう』って書いてあるわ」


 アシューテの言葉に肩をすくめる。

 なぞなぞか? 今度は知恵を使って切り抜けろと?

 いや、文面から考えると必要とされているのはジェムだな。

 知恵ではなく財力を求められているのか?


「はー、ここの神は金を要求するのかい? ずいぶんと強欲だね」


 たしかに。

 シャナの言うように金をせびるとは、この神殿を守る守護者とやらは金にがめついようだ。


「じつは悪魔じゃねえの? 神様のふりしてるだけでな」


 さもありなん。

 フェルパの言うように神の名をかたる者は無数に存在する。

 神官だってそうだ。

 神の名のもとに金銭と奉仕を要求するのだ。


「で、具体的にどうすりゃいいんだい?」


 シャナがたずねた。

 しかし、その疑問に答えられるものはここにはいない。


 とりあえず周囲を確認してみる。

 すると途切れた床の先、少し低い位置に人ひとり寝ころべるぐらいの床があることに気がついた。


「これは?」

 

 下を覗いてみる。

 床の下にはなにもなく、どうやって支えているのか分からなかった。


「宙に浮いているのかい?」


 そうとしか考えられなかった。

 この床、われらが立つ床とつながっていない。

 下も横も上も支えとなるものなどなにもなく、不思議な力で浮いているとしか考えられなかった。


「どうすんだい? これ?」

「さあな」


 さきほどの謎かけに関係していると思うのだが。


「試してみるか」


 ヤリで床をつついてみた。

 すると床はスーと奥へすべっていった。


「ほう」


 床はある程度まで進むと停止、ゆらゆらと揺れるように引きかえしてくる。

 そして、元の位置で止まった。

 なるほどな。なんとなく分かってきた。


 次にフトコロよりナイフを取り出した。

 それを床に投げ捨てた。


「あ!」


 床は下へと落ちていった。そのままドプンとマグマの中へ。


「ちょ、ちょっと、どういうことだい!」


 シャナは混乱しているようだが、わたしは理解した。

 『その身と等しきジェムを捧げよ』とは、つまり床にのせたものと釣り合うほどのジェムを用意せよとのことだ。

 ならば、このくらいか。


 フトコロよりジェムを出す。

 ナイフより重い程度の量を台座にのせてみた。


「あ! 浮いてきた」


 落ちた床がせりあがってきた。

 グングン近づいてくると、われらを通過してさらに高い場所へ。


 じゃあ、これぐらいか。

 台座からジェムを数個取る。

 重さが釣り合ったのだろう、床は高い位置のまま停止した。


 やはり連動している。

 乗せるジェムを調節して、床をわれらの高さと同じにした。

 ちなみにジェム以外のものを台座にのせても床は動かなかった。

 どういう理屈か台座はジェムを完全に識別しているみたいだ。


「へ~、そういうことね。自分と同じだけの重さのジェムを置いて向こうに行けと」

「ええ! 体重と同じだけのジェムっていったいいくらなの? そんなお金ないよ」


 リンの考えで正しい。

 そして、アッシュの指摘通りそんな重さのジェムは稼いでない。

 まさか、ここに来て金を要求するとはな。それもケタ違いの金額。

 とことん底意地の悪い迷宮だ。


「なあ、疑問なんだが重さってことは青いジェムが有利ってことか?」


 黄色が十ジェム。赤が百ジェム。重さなら青に両替すればいいはずである。

 フェルパの指摘は大事なところだ。

 重さではなく金額で釣り合う可能性も考えねばならないのだ。

 まあ、台座にのせたジェムには黄色も含まれている。可能性としては低そうだが。


「たぶんな」

「なら、こんなかで一番軽いのはアッシュか。全部青に変えちまえばこれ以上稼がなくてもなんとかなるかもな」


 体重で考えるなら、フェルパの言うようにアッシュが適任になる。

 しかしまあ、わたしは別の手段を考えているが。


「ええ! 俺が行くの!? イヤだよフェルパが行ってよ。ボロっちいヨロイ着てるからフェルパが一番安いかもしれないじゃん」

「ボロって言うな。年季が入ったと言え。前も言ったが俺はこれが気に入ってんだよ!」


 なるほど、そうか。

『その身と等しき』が重さではなく価値とも考えられるか。

 人の持つ価値。それをジェムに換算せよと。


「それだと、どちらにせよ引きかえさねばならないな。ここではジェムは両替できない」


 街では両替はできるのだろうか?

 人に頼めばできないことはないと思うが。


「ええ! ここまで来て引きかえすの!? またあのワナを抜けなきゃならないじゃん」

「オメーはなにもしてねえだろ。文句言ってねえで向こうへ渡る心構えでもしてろや」


 アッシュとフェルパの言い合いが始まった。

 まあ、どちらの意見も一理ある。……醜いが。


「帰るつもりはない」


 そんな彼らに告げる。

 やはり使うのは知恵だ。財力ではない。


「え! なんで?」


 聞き返すアッシュもそうだが、フェルパも気づいてないようだ。

 困ったものだ。ついこの間、使ったばかりだというのに。


「シャナだ。シャナの浮遊の魔法。あれで浮かせば向こうへ行ける」


 浮遊の魔法は体を羽根のように軽くする。

 大量のジェムなど必要ない。

 ただ、床には乗る必要はあるがな。下からの熱を防がねばならない。

 あの床がないと、とても耐えきれないだろう。


 だからこそ、価値ではなく体重。そこをハッキリさせねばならないのだ。

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