第115話 柱の部屋
色々なものをのせ確認してみたが、やはり求められているのは価値ではなく重さだった。
台座にのせたジェムのほうが重ければ床は上昇するし、軽ければ下降する。うまく釣り合わすのがなかなか難しい。
それに、ひとひとり移動させるとなると相当な量になる。
全部一ジェムで用意するとしてもだ。
それならば入口にでも書いて欲しかったね。なんと強欲で意地が悪いのだろう。
――まあ、今の我らには関係ないが。
シャナが呪文を唱えると、わたしとシャナの体が羽根のように軽くなる。
向こう側へむかうのは、わたしとシャナだ。そして、床にのせたのは一本のナイフ。
それに糸を絡ませて引っぱってもらう。
「フェルパ」
「ああ、まかせな」
フェルパが床の側面を強く蹴ると、我らの体は床とともに勢いよく滑っていった。
想定通り。あとは床から落ちぬように気をつけねばな。
周囲ではゴウゴウと火柱が立ちのぼるっている。
だが、熱さをさほど感じなかった。
どうやらこの床には不思議な力が働いているようで、横からの熱すら通さないつくりになっていた。
「うわっ!」
「大丈夫だ」
ひときわ巨大な火柱が前方であがった。
我らの進行方向。このまま火柱に飛び込むコースである。
しかし、火柱は真っ二つに割れ、その中を床は通っていく。
なんとも不思議な光景であった。
「ふー、肝が冷えたよ」
「わたしもだ」
こんな経験はそうそうできるものではない。
シャナに同意しつつも、わたしの口元はゆるんでいた。
それを自覚したころには向こう側へついていた。
糸をもつ手をゆるめて壁際まで滑っていく。
シャナが魔法を解除すると二人抱き合ったままゴロゴロと転がる。
「いいタイミングだ」
壁に衝突するギリギリで我らの体は止まった。
体重も元通りになり、抱き合うシャナの存在がより感じられた。
「パリト、アンタといると退屈しないね」
「礼ならジャンタールに言えばいいさ」
楽しみを提供してくれたのはジャンタールだ。わたしではない。
「そいつはゴメンだね」
「同感だ」
楽しみ以上の悪意を振りまいているのがジャンタールだ。
うわべだけでもお礼は言いたくはない。
「もう少し、このままでいいかい?」
「もちろん。目が回っているときは、無理に立たないほうがいい」
火柱がまた上がった。
密着するわれらの姿を、うまく隠してくれた。
――――――
壁についていたレバーを引く。
ギギギギギと軋むような音。
足裏に振動が伝わる。
その後、マグマの中から岩が浮かびあがってきた。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……。
それはまたたく間に連結すると、マグマの海を渡す巨大な橋となった。
スゴイからくりだ。
かけられた橋に手で触れてみた。熱は感じなかった。マグマの中で煮られていたにもかかわらずだ。なんと不可解なのだろう。
「アニキ!」
「パリト大丈夫?」
みなが駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。さあ、次へ行こうか」
ここは暑くてしかたがない。
みなを引き連れて扉の奥へと進んでいった。
その後、いくつかのワナを抜けた。
『時は金なり』と書かれた通路では全力疾走を強いられ、『沈黙は金より重く』では音を出した瞬間に床が跳ね上がった。
また、『赤のみが一本の道』と書かれた部屋では、石畳がさまざまな色で塗られており、赤以外を踏むと底が抜けるといった仕掛けだった。
しかも、石畳は奥へいくほど小さくなっており、アイズと呼ばれる方向感覚を奪うコウモリみたいな魔物が周囲を飛び回っていた。
このアイズ、大きな目玉ひとつに足と羽が生えており、その目を見ると激しいめまいを起こす。
踏み外させるために存在しているような魔物だった。
強くはない。しかし、なんともジャマだった。
「ねえ、こんなのいったいいつまで続くの?」
「さてな。ぐるっと一周して元の部屋に戻ったりしてな」
「ちょっと、やめてよ」
軽口を言い合っていると、また次の扉へたどり着いた。
横にはプレートが貼りついており、やはりなにやら書かれている。
「アシューテ」
「ええ、『姿なき姿を見、声なき声を聞け。盲目の羊のみが唯一の道しるべ』ね」
これまた、なぞなぞだな。
しかし、なんというか、いままでと違って詩的な文章だ。
いままで見てきたのは、もっと直接的な表現や格言的な言い回しだったはずだが。それがやや抽象的になっている。
それに扉も違った。
高く広く両開き。材質は鉄だろうか無骨なつくりなものの、よく見れば四隅に細かなレリーフが刻まれている。
「気をつけろ」
「ああ」
フェルパもいつになく真剣だ。
シャナもゴクリとツバを飲んでいた。
これまでとは違う、そんな感覚をみな覚えているようだった。
扉を開くと大きな部屋に出た。
奥の壁も横の壁も見えないほど遠く、天井も松明の火が届かないほど高い。
神殿の中は、ときおりこのような広い部屋に出る。
だが、これまでと大きく違うものがあった。
柱だ。前にも横にも等間隔で無数に並んでいる。その本数は数えるのもバカらしくなるほど。
そして、それら一本一本には松明が備えつけられており、柱自身によってできた影がやけに不気味に見えた。
「こいつは……」
嫌な感じだ。
これまで以上の悪意を感じる。
細心の注意を払いながら進む。
槍の石突で床をコツコツと叩いていく。
パカリ。床が割れた。
また落とし穴か。有効なワナとはいえ、こうも続けられると芸も品もない。
「アッシュ。地図を頼めるか」
「わかった」
ただ、落とし穴で分かったことがある。
ここは一区画を柱で区切っているようだ。
開いた穴がちょうど柱から柱までだったからだ。
決めつけは禁物だが、それが多少の手助けにはなるだろうか。
迂回しつつ進んでいく。
開いた落とし穴は時間とともに閉じるようで、それがさらに憎たらしかった。
おかげでどこを通ったか分からなくなる。
アッシュに地図を書かせて良かった。書いてなければ引きかえすのも大変だ。
さらに――
コツリ。
先に伸ばしたヤリに何かが触れた。
なんだこれは?
ヤリの先には何もない。
しかし、なにか硬いものが触れている。
手で触れて確かめてみた。
ツルリとした感触。凹凸はなく全面に広がっている。
「まさか、壁か……?」
透明の何かは、押してもビクともしなかった。
ヤリで突いても同じ。
透明であることを除けば、迷宮の壁そのものだった。
チィ、プレートに書かれていた『姿なき姿』とはこのことか?
メンドウなことをしやがる。
ますます地図の有用性が高まってきた。
あせらずゆっくり進もう。地図を描きつつ、警戒しながら奥へと向かっていく。
やがて、柱の陰に潜む人影を見た。
「大将、ありゃあ」
「ふむ」
ちょうど松明の光が届かず、何者かの輪郭の一部がかすかに見えるのみである。
それでも人影に違いなかった。
だが、なにやら違和感があった。あまりにも気配がうすいのだ。
「動いているか?」
「いや」
武器を手に近づいた。
そして、その正体が判明する。
「石像?」
人ではなく石像。しかも、ゴブリンのものだった。
「やけに精巧だな」
尖った耳に鋭い牙、さらにはシワまで描かれていた。
「顔とかスゴくない?」
像の顔は恐怖に引きつっていた。
その歪んだ顔がなんともリアルだった。
「ゴブリンもこんな表情するんだね」
そうだな。
ゴブリンは勇猛で冷徹。見たことのない表情だ。
だが、表情以上に引っかかるものがある。
誰が、なんのために、ここに像を?
美術品、工芸品にしては置き場所も意図も不可解だった。
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