第109話 岩の神殿

 大地に開いた裂け目を迂回するように進んだ。

 神殿へはもう少しだ。

 しかし、巨大サソリや巨大アリといった魔物が行く手を阻む。


「邪魔だなぁ」

「文句言ってねえで、ちゃんとジェムは回収しとけよ。金はだいじだからな。けど、マジで暑っち~な」

「白い砂が光を反射するからねぇ」


 魔物は魔法の援護もあって、さほど苦戦せずに倒せていた。

 だが、暑さや砂嵐など自然の脅威で、なかなか思うように進めない。


「あ、雨雲!」

「めずらしいな。こりゃあ大雨になるぞ。あの岩陰に避難だ」


 今度は砂漠で雨か。

 気温が下がり、飲み水も得られるからありがたくはあるのだが。


「アッシュ、この杭を岩肌に打ち込むんだ。リンは雨水をためる樽の準備を」


 ウダウダ言っている皆に指示を出し、すばやくテントを張る。

 簡易のといもつけて雨水が一か所に集まるようにした。

 これらのやり方をリンとアッシュにはちゃんと伝えておきたい。


「荷物を風よけに。フェルパは火を」

「もうやってらあ」


 顔に当たる空気が湿ったものになってきた。大雨になる前に調理を終えねば。


「うわわわ! 水の柱がこっちに来てる」

「テントの中へ。ありゃそうとうの豪雨だぞ」


 真っ黒な雨雲が連れてきた土砂降りの雨が、こちらに近づいていた。

 雨との境界線だ。

 アッシュとリンは食い入るように、その様子を見つめていた。




――――――



 翌朝、雨はあがっていた。

 大地が冷やされ、心地よい風がわれらの頬をなでる。

 テントをたたみ、すぐ出発。涼しいうちに少しでも距離をかせいでおきたい。


 砂にしみ込んだ雨が蒸発し、地表をうすい霧が覆う。

 神秘的な光景だ。朝日に照らされた我らの影が霧に淡く映っていた。


 そんな中、ついに我々は神殿へとたどりついた。

 目の前には大きな岩山。

 垂直に切り立った崖を削って作った巨大な建造物がそびえ立つ。

 その中央。石でできた上り階段の上には、これまた大きな石のトビラがある。

 それらを挟み込むように、獣の口が開くのだ。


 ジャガーか?

 階段と扉は、石でできた獣の口の中へとつながるように建てられていた。


「うわ~、すっげ!」


 神殿の大きさたるや相当なものだ。

 壁面を掘って作った柱や壁はほんの一部で、岩の奥、あるいは地下にも広がっていると容易に想像できた。


「中へ入るか」


 感心ばかりはしていられない。

 われらは観光でなく攻略するためにここへ来たのだ。

 絡み合う二匹のヘビが描かれた石の扉を押すと、それは思いのほかすんなりと開いた。


「真っ暗だな。アッシュ、たいまつを」

「いや、その必要はねえ」


 フェルパがそう言った瞬間、壁に備え付けられていた松明に火が灯った。


 誰かいるのか?

 だが、辺りには我ら以外誰もいない。


 しかし、ひとりでについた松明は、また一つまた一つと奥へと向かいどんどん灯っていった。


「フェルパ、これは――」

「Wellcome to the Temple of Guardian」


 頭上から声が響いた。

 ジャンタールの言葉だ。もしや呪文かと、いっしゅん身構える。


「大将、大丈夫だ。この声はな、神殿に入るといっつも聞こえてきやがる。明かりもそうだが誰がどうやってるのかわかりゃしねえけどな」


 いつも? どういうことだ? 監視されているのか?

 どこから声が聞こえてきているのか、どうやって火を灯したのも分からない。

 そんな状況で大丈夫だと言われて、はいそうですかと信じられるほど楽な道のりではなかった。

 警戒心を保ったまま、アシューテにあの声は何と言っていたかと尋ねた。


「守護者の神殿へようこそ、だって」

「守護者?」


 いかにも何か守っていそうな言葉だが。


「ええ、よくはわからないけど、とにかく歓迎してくれているみたい」


 歓迎ね。

 エサとしての歓迎じゃなければいいんだがな。


 周囲に気を配りながら進んでいく。

 左右に松明が設置された通路は、すぐに巨大な広間へと姿を変えた。


 とてもとても、広い部屋だ。

 はるか先の壁には松明がいくつかあり、壁一面に描かれた壁画をあやしく照らしている。

 天井は松明の光が届かぬほど高く、それでいて支えである柱が一本もない。

 部屋の中央には、円形の石で組んだ枠組みがあり、中は透きった水で満たされている。

 そして、その中央、翼を生やした女性の像が頭上で水瓶をかかげていた。


「同じだな」

「ああ」


 水瓶からは、水が流れ落ちている。

 巨大な街で見た水飲み場とまったく同じだ。

 建てたのは同じ人物、あるいは国か組織だ。この女の像は、やはり信仰の対象なのだろう。


「ここはいちおう安全地帯だ。水も飲めるし、荷物を広げてくつろぐには最適の場所だ」


 安全地帯ね。

 フェルパはそう言うが、そんなものが果たして存在するのか。

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