第108話 いやな結末
杖の炎で巨大な人食い花は焼かれていった。
われらも油の入ったビンを投げ、炎の勢いをあげる。
「近づいてたら危なかったね」
「ああ」
人食い花は狂ったように触手を振り回していた。あれに絡まれたら抜け出すのは難しい。
周辺にはなんとも言えない不快な臭いが漂っていた。
消化液なのだろうか? 人食い花の吐き出した黄緑色の液体が焼け、独特の臭気を生み出していた。
「やれやれ、終わったな」
花を完全に焼ききった。いまは黒くススけた残骸が地面に残るだけである。
フェルパはそんな黒くススけた大地をながめて、安堵の言葉を吐き捨てるのだ。
さすがに満足に寝られない砂漠の旅は、経験豊かな彼でもこたえたと見える。
「見つけちまったら案外あっけないもんだねぇ」
フェルパの隣に立つシャナもホッとした表情だ。
ここに来るまで苦労させられた。それを思えばたしかにあっけなくはある。
「嫌な臭い。さっさと行きましょう」
リンは、もうウンザリといった口調だ。
一刻も早くこの場をはなれたいと思っているのだろう。
「ねえ、ジェムは? 丸焦げになっちゃったかなあ?」
いっぽう、アッシュはジェムを気にしている。
たくましいな。この状況下で、魔物の残すジェムにまで気がまわるとは。
「そういやジェムって燃えんのかね?」
シャナのもっともな疑問。
ジェムが宝石であるなら、燃えたり溶けたりする可能性はある。
「フェルパ見てきてよ」
「なんで俺が」
シャナとフェルパが、なにやらモメている。
気になるけど、近づくのはイヤ。なんともワガママである。
「こういうのは斥候の役目だろ」
「なんで私が!」
フェルパは、すかさずリンに押しつけた。
たくましいというか、セコイというか……。
そんな彼らを尻目に、焼け跡にズカズカと歩いていく。
べつに嫌な役を引き受けたわけじゃない。
確認する必要があったからだ。
ジェムが燃えるかではない。もっと大事な放置できないものが、いくつかあった。
焼け焦げた花をまさぐると、黄色の宝石を二つ発見した。
ジェムだ。形は崩れていない。この程度の熱ではビクともしないらしい。さすが通貨がわりといったところか。
「ほら、オメーがダダこねるから大将みずから行ったじゃねえか」
「ええ! 私のせい? ごめ~んパリト、嫌なことさせちゃって」
歩み寄ってくるリンにジェムを手わたす。
しまっておいてくれ、まだ調べたいことが残っている。
放置できない一つ目。ほんとうに巨大花が死んだかだった。
植物なら地下に根をはる。花を焼いても死なない可能性だってある。
ジェムを得たなら、倒したとみていいだろう。
そして、もう一つ。これが最も重要だ。
周囲を観察した。
すると、さらに奥、砂に埋もれかかった岩の一部に、小さな裂け目を発見した。
それは、人ひとり通れるほどの大きさで、奥は暗くて見えないが、それなりの広さがあるように思えた。
「え? まだ奥があったんだ。それ洞窟?」
「さてな」
リンに返事をすると、アッシュにたいまつをよこすように合図した。
中を確認せねばならない。おそらく、疑問の答えがここにある。
「入るの?」
「もちろんだ」
不思議だった。
なぜ、この花は我らを遠ざけるように歌を歌ったのか。
花のバケモノは、あの大きな口で獲物をとらえていたと思われる。
ならば、我らを誘い込まねばならないのではないか。
そうしないと、栄養が得られない。
しかし、実際は逆で、こいつはわれらを遠ざけていた。
それがどうにも納得できなかった。
たいまつに火を灯すと、裂け目のなかへ足を踏みいれる。
さして広くない空間が、明るく照らし出された。
……やはりそうか。
すぐにあった、行き止まりの地面。一人の女がうつぶせに寝ている。
その女は探索者だったのだろう、質の良さそうな鎧を着、かたわらには剣。近くに小さなカバンも落ちている。
手遅れか。
その背に刺さるのは巨大な爪だ。
切り裂かれた際に折れたのだろう、一本の爪が大きな傷と共に残っていた。
「こいつは……」
肩越しに覗いてきたフェルパが声を漏らした。
この展開は予想していなかったに違いない。いささかショックを受けているように見える。
「死んでるの?」
いっぽう、股の下から覗いてきたのはアッシュだ。
見えないからと、変なところから覗いてくるなよ。
まったく。
だが、死んでいるかの質問。
正解でもあり、不正解でもあるといったところか。
「アッシュ、油を」
終わらせてやらないとな。
「え? なん――」
その瞬間、女が顔を上げた。
その顔には血管がヒドく浮き出ている。
――いや、血管ではない。あれは葉脈だ。植物の葉に巡らされた、栄養を送る管。
「ギィイアアー」
女は叫び声をあげた。
油のビンが体に命中。そこにたいまつを投げ込んだからである。
女の体がはげしく燃え上がる。
熱さから逃れようと女がもがく。その際に見えたのは木の根。
地面にある裂け目から生えて女の腹へと繋がっていた。
こいつが本体か。ずっと聞こえていた歌は、この女のしわざ。
「……dedica…… my life――」
燃えながらも、女はなにやら呪文を唱え始めた。
悪いな。その歌には付き合ってやれないんだ。
スローイングナイフを投擲、女の喉を貫き、詠唱を止める。
「アッシュ。もう一本油を」
追加の炎だ。
みなに岩の裂け目から出ていくようにうながすと、油のビンを投げ、わたしも岩の裂け目から出る。
モクモクと煙があがっていた。
空気が足りないか。まあ、女を燃やすぐらいはもつだろう。
「アルラウネだったか」
「ああ」
フェルパの言うように、おとぎ話に例えるならアルラウネだ。
ローレライではなくアルラウネ。女の姿をした植物で、人を惑わし養分とする。
「魔物だったの?」
「そうだな、魔物になったと言った方が正しいか」
おそらく女は何者かに襲われた。
そして、逃げた先があの岩の裂け目だったに違いない。
そこをあの花に乗っ取られた。――いや、あるいは逆に乗っ取ったか。
このままでは死ぬ。だが、まだ死にたくないという執念が、近くに生える人食い花を取りこんだ。
女は優秀な探索者だったのだろう。幻影の魔法は、たぶん彼女が習得していたものだ。
「今度こそ行くか」
方位磁石は正しい方角を示した。
歌と魔法に惑わされることはもうない。
「いやな結末ね」
「彼女にとってはな」
リンは後味の悪さを嫌な結末と表現したのだろうが、同意はしなかった。
ほんとうにイヤな結末とは、我らのうち、誰かが死ぬことだったから。
のんびり感傷に浸っているヒマはない。アルラウネとなった女の体を引き裂いた魔物、それはこの近くにいるかもしれないのだ。
※アルラウネ。
植物のモンスター。人食い花と探索者が融合した姿。
外の人食い花とは、実は地下茎でつながっている。
岩の中の女はそこから養分をもらっていた。
そして、主人公は気づかなかったが、じつは歌を歌っていたのは点在する植物。
その植物は人食い花の幼体とも言える存在で、さまざまな方向から歌を歌い、主人公たちを惑わせていた。
気配に気づけなかったのはすでに見えていたから。
気づかず枝を焚き木に使っていたかもしれない。
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