第107話 ローレライの正体

「いっこうに姿が見えないな」


 声のする方へ進めど進めど術者の姿はサッパリ見えず。

 つかず離れずで、こちらの疲弊を待っていると考えられる。


 ただ、不可解な点もある。

 そもそも付きまとわれて、それにわたしが気づけないだろうか?


 わたしは気配を察するのは人より優れている。

 常に命を狙われてきたからだ。それがここまで見抜けぬものだろうか?


 いや、それを可能にするのが幻影魔法だ。セオドアで証明済みだ。

 しかし、それも気配を完全に絶ってのこと。

 自分の存在を歌で明かしてなお、気配を察知できないなどあり得るのだろうか?

 何かを見落としている。そんな気がしてならない。


 ――そのとき、先頭を歩くゴブリンが少し進路を右に変えた。

 それはほんのわずかで、われらが一直線上に歩いているからこそわかる変化だった。


 歌い手が右にそれた?

 そもそも動いているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 だが、なにか違和感があった。どうにも気になる。


 アッシュの描いていた地図を確認してみた。

 歌から離れるように歩いていたのだから、追うように進めばだいたい同じ場所を通るはずである。

 それによるとアッシュが丸をつけた折り取った木。位置的にはこのあたりになるはずなのだが……。


 周囲の木を調べてみた。だが、われらが折り取った形跡のある木はどこにもなかった。


 どういうことだ? これも幻?

 いや、まて。

 ゴブリンが右にそれた。それは今だけか?

 もしや気づかぬうちにずっと右にそれ続けていたのではないか?

 これではグルリとまわって同じところにでるのではないか?


 やはり声の主を追うのも一筋縄ではいかないようだ。

 どうする? 散らばって追う?

 いや、それこそ相手の思う壺だ。

 相手が歌を歌うのをやめた瞬間、目標を見失ってしまう。

 座標を確認できぬ今、はぐれてしまえば合流する手だてなどないのだ。


 水、食料のある部隊から離れるべきではない。

 集団で行動しつつ活路を見出さないとな……。


 方針を転換した。

 歌や方位ではなく、木を目印に進むように心がける。

 すると、ほとんど見かけなかった木が次第に増えていったのだ。


「アニキ、頭がガンガンする」

「歌がすごくうるさい」


 たしかにな。まるでこちらの気を引かんとばかりに声を張り上げているみたいだ。

 どうやらこれ以上先に進んでほしくないらしい。

 その証拠に声は後ろから聞こえている。


 術者は近いな。

 声の出どころは術者でないのかもしれない。

 歌い手の存在こそ幻なのかも。


 そうして進むことしばらく、草木に囲まれたオアシスを発見した。


「水だ!」


 砂漠の中にとつぜん現れた巨大な水たまり。

 中央には大きな岩があり、その上にはなんとも美しい少女が腰かけているではないか。


「あれが、ローレライ」


 フェルパが腰の剣に手をかけた。

 リンもシャナも戦う姿勢を見せる。


「でっか……」


 アッシュがクロスボウを構えた。

 その動きにはいささか緊張が見える。


 ――なるほど。そういうことか。


「みんな、待て。答え合わせといこうじゃないか」


 こう声をかけると、みなを集める。

 岩の上の少女はというと、こちらに気づくとポチャンと水の中に潜っていった。


「あ!」

「気にするな。ほっとけ」


 反応するシャナにそう告げると、なにが見えたか聞いてみる。


「なにがって……少女が水に潜っていくとこだよ。ほかになにがあるってんだい」


 なるほど。わたしと同じだな。

 次にたずねるのはアッシュだ。彼はシャナの言葉に驚いたような表情を見せている。


「俺は白い大きなヘビだけど。水から顔をだしてて……」


 この言葉にギョっとした顔を見せたのはシャナにフェルパだ。

 これで答え合わせは終わったようなものだ。


「幻だな」


 そうつぶやいた瞬間、オアシスは姿を消し、地表に無数のイバラの触手を伸ばした巨大な花が現れるのだった。


「うわわわ!」


 アッシュが叫び声をあげる。どうやら幻がとけたようだ。

 リンもフェルパもアシューテもシャナも、みな幻がとけたようで、目を見開いている。


「あのまま進めば美味しく頂かれてたな」


 巨大な花の中央には大きな口。イバラで絡めて一飲みってワケか。


「なるほど、坊やにヘビの話をしたのはこういうことかい」


 シャナは私のウソを理解したようだ。


「え? どゆコト?」


 いっぽう、まったく理解していないのはアッシュだ。

 まあ、ローレライのもともとの話を知らなければ気づけないのも仕方がないか。


「ローレライってのは少女だ。ヘビってのは真っ赤なウソってこった」

「ええ! 俺、ウソつかれたの!? ……え、でもそれが?」


 フェルパに種明かしをされても、いまいちピンときてないアッシュである。


「違うものが見えたってことは幻ってこった。本人の知識を頼りに幻は形成される。大将はおそらくそうじゃねえかと踏んで、お前に違う知識を植え付けたんだよ」


 そうだ。フェルパの言うように、対象者の知識や記憶といったものから幻影は作られていると考えた。

 だから、あるていどの知能、知識がないものには幻影魔法はきかないのではと。


「まあ、正解はわからんがね」


 知能や知識ではなく、もののとらえかた。

 それがあまりに術者と違いすぎると効果がないのかもしれない。

 熱をたよりに獲物をとらえるヘビみたいにな。


「ふ~ん」


 わかったような、わかっていないような、気のない返事のアッシュ。

 これで幻影魔法が通じているのだから、あんがい魔法の適応範囲は広いのかもな。


「アッシュ、杖の出番だぞ」


 理解するのは後でいいから、攻撃をしてくれ。


「あ~、焼くの?」

「焼く」


 イバラが届かない位置から攻撃する。

 楽な戦いになりそうだ。 

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