第106話 ローレライ伝説
「やってくれたな」
前方には横断する巨大な裂け目がある。
幅も深さもそうとうなもので、飛び越えることも、下ることも、まず不可能に思えた。
大きく迂回しなければ、神殿にはたどり着けそうにない。
「どうすんだ、大将?」
「使い手を見つけて仕留める」
こうなってはしかたがない。術をかけている本体を叩く。
放置していれば同じことの繰り返しだ。今度は落ちる前に気づける保証もない。
とはいえ、どうやって声の主を見つけるかが問題だ。
音のするほうに向かう、果たしてそれで見つかるのか?
音から離れるように歩いてきた結果、声は大きくなっていった。
声の主は移動していると考えられる。ならば、われらが近づけば今度は逃げていくのではないか?
一定の距離を保ってこちらを疲弊させる、スキを見せたところでワナに陥れる、それが相手のしたいことではないのか?
一筋縄ではいかなそうだ。
仕留めることに固執してさらなる悲劇を招かないように注意せねばな。
「しっかし、砂漠でローレライ伝説たぁな」
「ローレライ?」
フェルパの言葉を聞き返したのはアッシュだ。
そうか、ここにいる者は知らないか。
ローレライとは美しい歌で船の乗組員を惑わす女の伝説だ。
惑わされた船は座礁、転覆して乗組員は帰らぬ人となる。
女は幽霊であったり人魚であったりと、さまざまな形で伝えられているけれども、美しい歌と容姿で惑わせるのは、どれも共通している。
「ああ、ローレライってのはな――」
「ウミヘビだ。100年生きたヘビは人の言葉を話すようになる。歌で人をおびき寄せたところでバクリってやつだ」
フェルパの説明を横からかぶせた。
少し確認したいことがあったからだ。
幻を見せる魔法、アシューテはあるていど知能がある者にしか効果がないと言っていた。
そこがどうにも引っかかってな。
なぜ幻影魔法は知能のある者にしか効果がないのか。
すべてを解明するのはムリにしても、
防ぐ手立てが見つかるかもしれない。
その点で言えば今回はチャンスとも取れる。
「ヘビ!?」
「ああ、ヘビだ。それも、とびっきり強くて大きなヘビだ」
明らかなウソであるが、ローレライ伝説を知らないアッシュはウソだと知りようがない。
このウソがどう作用するか、観察するのが目的だ。
「逃げた方がいいんじゃ……」
「まあ、姿を見てから考えよう。戦う前にガケから落とされるよりはるかにマシだろう」
「うん、そうだね……」
フェルパとシャナは微妙な顔をしていた。
なに言ってんだ、コイツ? ってなもんだろう。
それでも、彼らは口をはさんでこなかった。なんらかの意図があってウソを伝えたと理解したのだろう。
いっぽうアシューテは笑顔。どうやらこちらは完璧に理解しているようだ。
「さあ、行くか。お互いの体をロープで縛っておく。なにかあったら助けられるようにな! 先頭はゴブリンだ。歌をたよりに進ませる。いいな?」
みながうなずくのを確認すると、地面に歯をひとつ落とし、呪文を唱えるのだった。
――――――
「どうした? アッシュ」
なにやらアッシュが地図を見ながらブツブツ言っているのに気がついた。
いったん移動を止め、近づいていって彼と話す。
「う~ん、方向が狂ってるんなら、この地図意味ないのかなあなんて」
ほう、感心だな。
アッシュはこんな砂だらけの砂漠でも、律儀に地図を描いていたらしい。
「そうだな、間違った地図は命取りになる。方位がはっきりするまで信用すべきではないな」
「だよねー、あーざんねん」
アッシュはチェと舌打ちすると、地図をクシャリと丸めた。
「いや、残念がるのは早いぞ。迷った今こそ、その地図が役に立つかもしれん」
そう言って彼から地図を受け取ると、開いて中を確認した。
すると、なにやら黒い点がところどころ描かれているのがわかった。
「アッシュ、これはなんだ?」
点を指さして問う。
「あー、木だよ。ポツポツと生えてる木」
砂漠には、ところどころ植物が生えている。
サボテンなんかもそうだが、ツタのような枝のようなものが地面から放射状に生える植物もあって、それらを折って薪がわりに使っていた。
アッシュはそれら点在する植物たちを、大まかにだが記していたようなのだ。
「アッシュ、薪として使った木がどれだか分かるか」
幹のない放射状に生える枝を木とよんでいいかは分からないが、大事なのはそこじゃない、少しでも手掛かりになればいいかと聞いてみた。
「うん、分かるよ。これと、これと、これだね」
地図にはちゃんと黒い点の横に、丸が描かれていた。
どうやらこの丸が枝を折り取った場所らしい。
「すごいじゃないか。よく書きとめてくれた、アッシュ」
少なくともこれがあれば、歩いてきた道が分かるかもしれん。
術者を見つけようとしている今、それが何の役に立つかは分からないが。
「帰り道は確保できた! いざとなったら街へ引き返そう」
この地図だけで帰れるとはとうてい思えなかったが、悲観するよりははるかにいい。心の支えにさえなればな。
「だな。食い物はタップリあるんだ。飲み水だってそうだ。あとは日焼けがシミにならないかだけだ」
「ハハ、騎士様はお肌の心配までしてるのかい? 社交界でダンスでもするのかい、うらやましいね」
フェルパもシャナもうまく盛り立ててくれた。
精神面ではまだまだ大丈夫そうだな。
……まあ、実のことを言えば砂漠で迷子なんてさして心配していないんだがな。
ロバとラプトルクローラーがいるからだ。
彼らに幻影の魔法がきかないというならば、彼らの後をついていけば元の場所まで帰れる。
われらは術者を仕留めることにいまは重きを置けばいい。
こうしてまた、声のする方へ進み始めた。
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