第105話 終わらない砂漠
歌の主は移動しているのか?
それも、われらを追跡するような形で。
周囲を見回す。
だが、それらしき姿はない。
まさか、セオドアか?
やつの幻影魔法、それなら姿が見えない理由になる。
……いや、可能性は低いな。
わざわざ自分の居場所を教えるほどマヌケではあるまい。
別の何かが我らを狙っていると考えるべきだ。
「アシューテ、君はどうだ? 聞こえるか?」
「ええ、実はわたしも」
そうか。
これで聞こえていないのは私だけか。
喜んでいいやら、悪いやら。
まあ、私が聞こえるのも時間の問題のような気もするがな。
さしあたって、どうするかだ。
とはいえ、できることは限られている。
声のする方へ向かうか、遠ざかるか。
「声はどちらからだ?」
みな、西の方角を指さした。先ほどと同じ。変わっていない。
我らを追跡しつつ、徐々に距離をつめてきているのか?
むう、判断が判断が難しいな、コイツは……。
一瞬考えて方針を決めた。
「南東に向かう。先ほどよりさらに迂回する形になるがしかたがない」
どうも嫌な予感がする。声のする方へ誘い込もうとしているのではないか?
だったら、ムリに関わろうとせず進むほうがいい。
そう考えたのだった。
だが――
「待って、パリト。そっちは北西よ」
なに!
呼びとめたのはアシューテ。その内容に驚く。
そんなはずはない。自身の懐中時計を確認するも、方位は確かに南東を示していた。
「見せてみろ」
アシューテの懐中時計を見る。やはり南東で間違いなかった。
……どういうことだ?
南東なのに、アシューテはなぜ北西と?
「なにを言ってるんだ、アシューテ。この方角は南東だぞ」
「え?」
アシューテは困惑している。
とても冗談を言っているように見えない。
「アニキ、俺も北西だと思うんだけど」
な!
アッシュも北西だと言う。
まるで真反対。どういうことだ!?
「パリト、わたしも北西だと思う」
「俺もだ」
リンとフェルパも北西だと言い出した。
シャナに尋ねてみると、彼女も北西だと言う。
これは!
いったいどうなってやがる!!
私の方位磁石が狂っているわけではない。
アシューテの方位磁石を確認したのだ。それも確かに南東を示していた。
つまり、みなの方位磁石は同じ方角を示しているのにも関わらず、私だけ違うように見えているのだ。
どう考える?
私が間違っているのか、彼らが間違っているのか。
「ならば、あちらに向かって進む。みな、絶対に離れるなよ」
選んだのは南東でも北西でもなく南西だ。
私が思うに、あの歌はやはり魔法ではないのか。
聞いたものの方向を惑わせる魔法。
歌の主はいっこうに姿を見せない。ただ歌だけがずっとつきまとっている状態だ。
たぶん、待っても状況は好転しない。時間だけが過ぎると思われる。
神殿は南西にあるのだ。この歌はそちらへ向かわせないようにするためのものではないか?
だったら、唯一声が聞こえていない私が選ぶ南西が正解ではないか?
そう考えて進むのだった。
――――――
「マズイな……」
誰にも聞かれぬよう、小さな声で呟いた。
ついに私にも歌が聞こえ始めたのだ。
懐中時計の方位を確認するも、南西に進んでいたハズが北東へと変わっている。
すなわち私も、彼らと同じ症状がでたわけだ。
さらに問題は、懐中時計の示す座標だ。
先ほどまでは着実に神殿へと近づいていた。
あらかじめフェルパから聞いていた座標、そこへと向かっていたハズなのだ。
しかし、今は見当違いの数字が出ている。
先ほどまで見ていた数字と、明らかに違う。
みなの懐中時計の座標を確認させてもらった。どの懐中時計も数字は同じだった。
だが、みなに読み上げさせたところ、それぞれ違う数字を答えていた。
もう何が正解か分からない状態だ。
だから、いま向かっている方位、これが唯一の手がかりなのだ。
太陽を見る。頭上を過ぎ、進むべき方向へと傾きつつある。
太陽の動きから考えるに、今進んでいる方位は南西で合っている。
しかし、その太陽の動きも正しいと言えるだろうか?
数字も、方位も、現実とは違って見えている。
太陽だけが正しいと誰が断言できよう。
それでも、いまは進むしかない。
ここで歩みを止めれば本当に迷う。
歌が聞こえる前に割り出した速度と距離では、あと半日進めば着くはずなのだ。
「アニキ、俺もうダメかも」
「バカ言うな。しっかりしろ」
アッシュだけではない。みな、かなりの疲れが見える。
幸い、物資はたくさん積んできた。
水、食料ともしばらくは困らない。
ただ、問題は睡眠だ。
耳もとで歌が流れ続けているため、眠れないらしいのだ。
「大将、俺はまだ平気だが、コイツはけっこうツライぜ。この歌、やけに耳にこびりつきやがる」
ただの歌なら眠ることもできる。
しかし、この歌は眠りを妨げるみたいだ。
睡眠不足のまま歩き詰めで、みなこたえている。
「フェルパ、このような出来事は過去にあったか?」
「ねえな。あったらすでに言ってるさ」
たしかにな。つまらぬことを聞いた。
そうこうしているうちに、前方に何かが見えてきた。
あれはなんだ?
蜃気楼? いや、建物か?
「アッシュ、見えるか?」
「え? ……あ、建物だ! 石を積み上げたっぽい何かが建ってる」
みなに安堵の表情が見えた。
疲れも吹き飛び、歩く足に力が戻っていく。
「すげーでっけ~」
「きれいな石組みね」
「やっと着いたか」
建物は神殿だったようで、われらが立つ砂丘から少し先のところでそびえたっている。
「こんな砂漠の真ん中にあるなんて」
「よく見つけたねぇ。それだけでも、かなりの死者をだしたんじゃないかい?」
たしかに、よくこんな砂漠のど真ん中にある神殿を見つけたな。
たくさんの犠牲の上で成り立っているのだろう。
「はやく、行こうよ」
意気揚々とアッシュが先陣を切る。
――だが、わたしの心に広がるのは不安だ。
ほんとうにこれでいいのか?
今見えているのは、ほんとうに目指していた神殿なのか?
「アッシュ、待て」
気づけばアッシュを止めていた。
どうにも嫌な予感がしてならない。
計算した神殿までの道のりはあと半日。
このズレはなんだ? 勘違いか?
いや、そうとは思えない。どうにも違和感がぬぐえない。
フトコロからスローイングナイフを取り出すと、神殿に向かって投げた。
とうぜん、届くはずのない距離だ。手前の地面に落下する。
「な!」
「え!?」
見えたのは私とアッシュだけだろうか。
なんと、砂の上に落ちるハズのナイフは地面に飲み込まれるよう消えていったのだ。
どう表現したらいいのだろう。地面の砂は見えているにも関わらず、さらにその下に落ち続けていくナイフも見えているというか。
こいつは!
「幻だ」
目の前に見えている光景はニセモノ。
神殿どころか、手前にある地面でさえ幻なのだ。
そう気づいた瞬間、目の前が一変した。
とつじょ現れる巨大な裂け目。
底が見えぬほど深くて暗い。
もう少し足を踏み出していれば真っ逆さまだった。
「やってくれるじゃないか」
神殿へたどり着かせないどころか、全滅を狙っていたとは。
しばらくして、私とアッシュ以外も幻であると気づいたようだ。
みな驚き、絶句して谷底を見下ろしていた。
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