第110話 壁画

 部屋の中をくまなく探った。

 どうやらここには扉が四つあり、それぞれ東西南北の方をピタリと向いている。

 入ってきたのが南、通路をへて外へとつながる扉だ。


 北、東、西は壁に直接扉がついており、そのすぐ横にジャンタールの文字で書かれたプレートと金具で固定された松明がある。

 絵は壁一面だ。ついている扉にも絵は描かれており、のっぺりとして、それでいて色鮮やかなタッチであった。


 そして、気になる魔物の姿だが、ここにはなかった。

 フェルパの言うように扉を開けられぬ限り、おそわれることはなさそうだ。


「ねえ、アニキ、この壁画だけど……」

「ああ」


 プレートに書かれた文字も気になるが、もっとも気になるのは壁に描かれた絵だ。

 入ってきた南側にも絵は描かれており、東西南北それぞれ独立した一枚絵となっている。

『魔物から逃げ惑う人々』、『武器を持って魔物と戦う人々』、『翼の生えた女の後を後を歩く人々』、『咲き乱れる花の中から石を拾い上げる人』の四つだ。

 その中で注目すべきは最後の絵だ。

 花の中から拾い上げている石こそがムーンクリスタルではないのか?


「たしかにムーンクリスタルの情報がありそうだ」


 言い伝えでしかなかった物語がいま、目の前で形として残っている、そう考えていいだろう。


「そうだ、だからみなこの先を確認しようと躍起になってる。だが、ここに辿り着けた者ですら先には行けねえんだ」


 フェルパの言葉には重みがあった。

 多くのものがここで命を落とした。そう感じ取れた。


「ねえ、パリト。この絵って物語になっているのかしら?」


 リンが言うように絵は一つの物語になっているように見える。

 最初は魔物に襲われ、つぎに武器を取りその魔物と戦う、そして翼の生えた女に導かれ、最後にムーンクリスタルを見つけるのだ。

 戦いで女に認められた者のみがムーンクリスタルを手に入れられる。


「そうだな、そう考えていいと思う」


 だが、なんとなく違和感があった。

 理由は分からないが、どうもしっくりこなかった。


「やった! じゃあ、もうすぐじゃん!!」

「そうね、ここを抜ければムーンクリスタルを手にいれられるかも!」


 違和感がありつつも、それを言葉にできぬまま、彼らの喜ぶ姿を見ていた。

 壁画に描かれた女は、この部屋の中央で水瓶をかかげている女と同じだ。

 コイツはわたしの夢に出てきた女ではないのか?

 ならば、そう簡単に進まない。そんな思いもあった。


「この壁画の通りならムーンクリスタルはすぐだ。俺たちゃ出口にもう手が届きかかってんだよ」


 フェルパの言うように、ムーンクリスタルを近くに感じるのは間違いない。いずれにしても、先へ進めば分かることだ。


「アシューテ、プレートに書かれた文字を読みあげてくれ。もちろん、俺たちに分るような言葉でな」

「ええ、わかったわ」


 アシューテはプレートの前に立つと指で追いながら語り始める。


「まず東、『人は水より産まれて、土へと還っていく。なんじの試練は水の中にあり』よ」


 ふむ、なるほど。プレートに書かれた内容は、この先の状態を現わしているのだろう。

 水にまつわる試練とやらが待ちかまえていると想像できる。


「ど~りで。東の扉の先は完全に水没してやがる。しかも、気持ち悪い魔物がウヨウヨ泳いでらぁ。こっちを攻略するのは、まずムリだ」


 ムリ?

 フェルパの言葉に引っかかった。

 攻略がムリなら先へ進めないのではないか?


「フェルパ、攻略できぬのならムーンクリスタルどころかジャンタールからすら抜け出せんぞ」

「あー、それなんだが……」


 フェルパは困ったように頭をボリボリとかくと、ポツリとつぶやく。


「どれか一個抜けるだけでいいらしいぜ」

「いいらしい?」


 なんともあやふやな言葉だな。


「そのことなんだけど、パリト」


 割って入ってきたのはアシューテだ。

 彼女はこっちへ来てとわれらを南の壁の方へと誘導した。


「ここにこう書かれてるの。『三つの道は一つにつながる。選ぶべきを選ぶるは探索者の資質なり』」

「どゆコト?」


 アッシュは首をひねっていた。


「どこの扉を選んでも同じ場所に出る。だから通りやすそうなところを選べってことじゃないかい?」

「へ~」


 シャナに解説されて、やっとアッシュは理解していた。

 なるほど、この内容であればフェルパの言うようにどれか一つを抜けるだけでよさそうだ。

 

「他のやつらから試練はひとつ抜ければいい、俺はそう聞いててね。俺はジャンタールの文字が読めねえからな、信じるしかあるめえ」


 たしかに。フェルパの言葉に納得する。

 わたしとて読めぬのは同じ。

 アシューテの言葉を信じるより他はないのだ。つまらぬことで話の腰を折ってしまった。すまんな。


「続き、いいかしら? 北は『天を舞う鳥達は地に落ちた。汝の進むべき道は一本の蜘蛛の糸』、西は『地を這う虫にも五分の魂。汝の魂は彼らと共にありけり』ね」


 部屋をぐるりと回りながらアシューテの話を聞いた。

 これだけではよく分からんな。

 分かるのはどちらもメンドクサそうなことだけだ。


「北は足場の悪いなか戦いをいられる。落ちれば当然命はねえ。西は罠だらけだが、ここは大将の魔法が使えるんじゃねえかと俺は思ってる」


 私の魔法か。

 ゴブリン召喚だな。

 召喚したゴブリンを使って何度も挑む。そうやって抜けようと言うのだ。

 たしかに水中ではゴブリンが何体いようとどうにもならんが、ワナなら数で攻めればいけそうだ。


「では明日、西の扉から進んでみるか。今日はゆっくり休むとしよう。飲酒も許可する。しっかり英気を養ってくれ」

「うそ! やった!!」


 わたしが休息を宣言すると、みな喜んでいた。

 積んできた物資には酒もある。

 ここまで控えてきたが、今日ぐらいはヨシとしようじゃないか。


 

 腹いっぱい食べ、酒も飲んだ。

 みな、いい気分で語り合っていた。


 だが、わたしは酒に口をつけたものの、飲まなかった。

 誰かが警戒しておかねばならない。


「パリト、ちょっといいかしら」


 そんな中、わたしに耳打ちしてくる者がいる。

 アシューテだ。彼女はわたし同様シラフのようで、みなの注意力が落ちてきたころ話しかけてきた。


「どうした? なにか気になることでも?」


 聞かれたくない深刻な話なのだろうか。


「そんなたいした話じゃないの。ただ、水を差すのはどうかなって、ちょっと言い出せなくて」


 ふむ、深刻とまではいかぬようだ。

 私同様、ちょっとした引っかかりのようなものを覚えたのかもしれない。


「ああ、わかるよ。君は前だけを向いて歩いているようで、じつは気配りの人だからね」

「ふふ、ありがと」


 そうでなくてはこんなところまで助けにきたりしないさ。


「それで?」 

「私ね、あの壁画は向きが逆じゃないかと思うの」


「逆? どういうことだ?」


 左右反転、そういった話なのか?


「絵の場所覚えてる? どの方角になんの絵が描かれていたか」

「ああ」


 たしか『魔物から逃げ惑う人々』が南で、『武器を持って魔物と戦う人々』が西。『翼の生えた女の後を後を歩く人々』が北で、『咲き乱れる花の中から石を拾い上げる人』が東だった。


「ジャンタールで読んだ書物、全て右から左に書かれていたの」


 なるほど。神殿の入り口は南。そこから右に見ていくとなると、花の中から石を拾い上げ、つぎは女に導かれ、魔物と戦い、最後には逃げ惑うとなるわけだ。

 なんとまあ救いのない話だ。


 だが、たしかに入ってきてまず振り返ったところから物語が始まるってのはおかしな話だ。

 違和感の正体はこれだったか。


「皇帝バラルドはムーンクリスタルを持ち帰った。だからムーンクリスタルを見つけることと、ここから脱出することは近いと思う。けれども、それだけとは限らないんじゃないかしら」

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