第103話 ラプトルクローラー

「ちっと、手にいれたいものがあるんだがいいか?」

「ほう?」


 フェルパの申し出だ。

 いまは無事に街に戻ったところである。

 宿で休息を終え、次の探索の物資を補充しているとき、ボソッと声をかけられたのだ。


「それは構わんが、どこへ行く?」

「ラノーラのところだ。ロバだけで砂漠を抜けるのはツれえだろ?」


 つぎの目的地は神殿だ。

 神殿は砂漠の真ん中にあり、道中はより物資を必要とする。

 特に水だ。ロバが背負える量では足りないのだ。


「あれか、あまり気は進まんのだがな」

「そうも言ってられねえだろ。砂地で荷台は使えねえし」


 荷台が使えればロバだけでも大丈夫だ。だが、車輪が沈む砂地ではその荷台が使えない。

 運搬用の動物をあらたに手にいれる必要が出てきたのだ。

 しかし、問題はどうやって動物を手にいれるかだ。

 その方法があまり好みではないのだ。


「やむを得んか」

「人数も増えたしな」


 人が増えれば必要な物資も増える。

 好き嫌いより現実を優先すべきだろう。

 神殿攻略には物資がいる。なんども往復しなくて済むように、神殿内に拠点を築いておかねばな。


「ねえ、アニキなんの話?」


 ここでアッシュが割り込んできた。

 フェルパとコソコソ話していたが、聞きつけられたようだ。

 たぶん、ラノーラの名前に反応したのだろう。目だけでなく、耳もよかったか。


「運搬用の動物だ。手にいれるためにラノーラのところへ行く必要がある」

「え? なんで? あんなとこ動物いないよ」


 そうだな。

 あそこは魔法屋であって、飼育小屋ではない。


「ん、まあ……」


 べつに隠すようなものでもなかったが、なんとなく口を濁してしまうのだった。




――――――




「おい、そっち行ったぞ」

「ちょ、待って」


 アッシュは慌てて網縄あみなわを投げるも、獲物はスルリとかわしてしまう。


「なにやってんだ。逃げられちまうぞ」

「そんなこと言ったって……」


 フェルパの指示のもと、アッシュは巨大生物を捕獲せんと頑張っている。

 だが、なかなかうまくいかない。巨大生物は俊敏なうえに力持ち、やっと網をかけたと思っても、かかりが浅ければ弾き飛ばしてしまう。


「日い暮れっぞ」

「今日はここで野宿ね」


 リンはフェルパの横で偉そうに腕を組んでいるが、次は彼女の番である。

 悠長に構えてられるほど余裕はないと思うがな。

 アッシュより俊敏に動けるリンだが、網の投擲はアッシュに分がある。

 たぶん、同じぐらい苦労をするはずだ。


 いま、我らがいるのは、地下五階の巨大都市から西へやや進んだ場所。

 砂漠を抜けるための運搬動物を捕獲しようとしているところだ。


「しかし、キモいな」


 あの巨大生物はしっぽを含めれば我らの体長の二倍ほど、体重は少なく見積もって十倍に達するだろう。

 魔物に属するようだが、性格は比較的おとなしく、運搬用として使う探索者も多いようだ。


 ただ、問題はその見た目だ。

 手足が短く、しっぽがあり、ワニのような背格好だが、顔は鳥そのもの。

 外皮は昆虫のように硬い甲殻に覆われており、触覚らしきものが頭部から生えている。

 そして、カサカサと地面を這うように高速で移動するのだ。

 その動きが、なんともキモイ。


「そう? カワイイじゃない」


 となりにいるアシューテは笑っている。

 とくに嫌悪感は抱いていない様子。


「あれは虫なのか?」


 爬虫類のようにも昆虫のようにも鳥のようにも見える。なんとも分類が難しい形だ。

 また、その動きだけじゃなく、ムリに寄せ集めたような不自然さがどうも好きになれない。


「さあ? でも役立つことは確かね」


 研究者とは思えない流しっぷりだ。

 しかし、アシューテが正しい。われらにとって大切なのは探索にどう役に立つかだ。生物学的分類などはどうでもよい。

 ただ、なんというのか、違和感というか、自然界にない歪さみたいなものをどうにも感じてしまうのだ。


「ラプトルクローラーと言ったか?」

「そうね、地下五階のこの辺りに生息しているみたい。あのフェルパって人、よく知っているわね」


 そうだな。フェルパはジャンタールについてよく知っている。

 彼がジャンタールに来たのはアシューテより前らしいから、当然と言えば当然なのだが。


「アシューテ、君はフェルパと面識がないのか?」


 ジャンタールの街は思いのほか広く、人口も多い。

 その点から言えば、出会わなくても不自然はないのだが……。

 だが、探索者が使う施設は限られており、行動が同じならば出会う可能性はより高まるはず。

 それに――


「ないわね。私が宿を使っていたときは別の人が厩舎を管理していたし、あんな感じの人を見ることもなかった」


 そこだ。

 アシューテが使っていた宿と、フェルパが厩舎を任されていた宿は同じ。

 普通に考えれば、出会っていてしかるべきなのだ。

 だが、アシューテが宿を出たのちにフェルパが管理人になったのなら、知らないのもありえるか。


 ちょっと神経質になりすぎか?

 いや、神経質だからこそ、今まで生き延びてきたとも言える。


 そのとき、ワーと歓声が聞こえた。

 見ればアッシュの投擲した網がみごと絡まっており、そこへ追い打ちとばかりリンが自分の網を投げていた。


「あ、ズル!」

「いや、それでいい。一匹ずつ着実にとらえりゃいい」


 意外とフェルパは指導がうまいようだ。

 競争心と団結心をうまく使いこなしている。


「シャナ! 端っこを抑えててくれ」

「ああ、任せな」


 ラプトルクローラーの動きを止めたところでフェルパが取り出したのは首輪だ。かなりの長さで、あれなら首の太いラプトルクローラーにもはまるだろう。


「従属の首輪か」

「ええ、そう」


 私のつぶやきにアシューテが答えた。

 あの首輪こそがラノーラのところへ行った理由。

 魔法でムリヤリ手なずけてしまおうって魂胆なのだ。


「君は参加しないのか?」


 この手の作業は、互いの距離を縮めるのに最適だ。

 アシューテならそれぐらい分かっているとは思うが。


「もちろん、参加するわ。邪魔にならないタイミングでね」


 なるほど、今は一歩引いて見ている感じか。

 たしかにアシューテが参加したら簡単に捕まえてしまいそうな気がする。


「きゃ!」

「マズイ、離れろ!」


 フェルパが首輪をしようとしたところでラプトルクローラーが暴れた。

 網を引きずったまま、どこかへ走っていく。


 なるほど、パワーがある。

 あれならかなりの荷物を載せられるだろう。


「そろそろ行くわ」


 アシューテが動いた。

 たぶん、捕まえるためのプランが整ったのだ。

 観察し、動いたときには一気に決める。このあたりは私と似ているからな、彼女は。


 けっきょくラプトルクローラーを二匹捕まえたところで夜となった。

 アシューテの流砂の魔法で動きを止め、かけた網に杭を打ち、首輪で従属させる。みごとな連携だった。


 ついに神殿へ向かう準備が整った。

 これで探索が大きく動く、そんな気がするのだった。

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