第102話 初対面

「来たな」


 翌日、昼ごろだろうかこちらに向けて歩いてくる人影を見つけた。

 リンにアッシュにフェルパにシャナ、そしてロバだ。どうやらみな無事だったようだ。


「あれがあなたのお友達?」

「そうだ」


 アシューテと建物の陰から彼らを観察する。

 疲労こんぱいといった足取りだった。なにかあったか、アシューテ救出に向かった私より苦労してそうだ。


 しかし、アシューテ、部下でも仲間でもなく、お友達かと聞いてくるところが彼女らしい。

 私の性格をよく見抜いている。

 部下を持つのはガラじゃない。そして、完全に信用しきっていないと知っているからこそでもある。


「迎えに行くとするか。君は合図するまで顔を出すな」

「わかったわ」


 アシューテを紹介するのはもう少し先、裏切りのリスクには常に備えておかねばならない。

 全員無事ならまず可能性は低いだろうが、用心しておくにかぎる。

 彼女を残し、みなの方へと歩いていくのだった。



――――――



「アニキー!」


 私の顔を見るやいなや、アッシュが飛びついてきた。

 思ったより元気だな。もう少し隠れたまま観察していてもよかったか。


「大事はないか?」

「それが傷だらけだよ」


 アッシュは手のひらを見せた。顔もそうだが細かい傷がいくつもついており、その苦労がうかがえる。


「ドロもひどいな。なにがあった?」


 ドロは全身についていた。アッシュだけでなく、みなだ。

 激戦……ではないな、地を這い藪を抜けたか。

 アッシュの傷は刀傷ではない。植物の枝やらトゲやらで切ったと思われる。


「セオドアよ」


 リンが言った。

 なんでも、私がいなくなってしばらくしてセオドアが襲撃してきたのだと。

 フェルパの判断により撤退を選択、茂みを突っ切りなんとか振り切ったそうだ。

 ただ、そのおかげで大きく道をそれ、ここにくるまで時間がかかってしまったと。


 やはりセオドアが来たか。

 だが、こちらの誰も欠けなかったのは、セオドアも本気ではなかったのかもな。

 やつの目的はジャンタールからの脱出か?

 勧めべき道にジャマな何かがあり、それを排除するために私を利用している。

 もし、本気でわれらを襲い、弱体化させてしまっては目的が達せられなくなるわけか。


「フェルパ、よく撤退に徹したな。見事だ」


 おそらくシャナはセオドアに突っかかっていっただろう。

 よく彼女を抑えて逃げに徹してくれた。

 もともとセオドアの仲間であった者とシャナの元仲間。合計すれば二ケタはいよう。

 しかも、幻影魔法で正確な数も位置も分からぬとくれば、戦うのはリスクが高すぎる。

 逃げるのも、それはそれで危険が大きいが、やつの意図を考えると一番生存率が高い。

 まあ、それもやつの意図が予想したものだったらの話だが。


「本気で狩りに来てたと思うか?」

「さあ、どうだろうな……」


 フェルパの考えも聞いておく。

 べつの気づきがあるかもしれない。


 フェルパは少し考える素振りを見せると、アゴに手を当て言葉をつなぐ。


「たしかに勝負を決めにきた感じはしねえな。だが、アイツはデュラハンのほうに俺たちを誘導してきやがった。気づかなきゃ全滅してた」

「デュラハン?」


 耳慣れない言葉が出た。

 おとぎ話では、たしかにそういった幽霊だが亡霊だかがいたか。


「ああ、首なしのな。ここではやつらをそう呼んでいる」


 ゴブリンの首を並べていた者だな。

 デュラハンとは、馬に乗った首無し御者だ。

 あいつは馬には乗っていなかったものの、たしかに似ている。


 そうだな、あれと挟まれてしまえば全滅の可能性大だ。察知して避けたフェルパはさすがといったところか。


 むう。

 ならば、セオドアが本気で我らを襲ってこないと考えるのも危険か。

 自身の安全を確保しつつ成果を上げようとしている、とも考えられる。

 ――いや、あるいはそう思わせるための作戦かも……。


 チラリとリンを見た。

 彼女は小さく首を横に振った。


 彼女には、私の留守中に不審な動きを見せる者はいないか確認しておいてくれと頼んでいた。

 その結果が、誰も不審な動きを見せなかっただ。

 ならば、ひとまず安心できる。

 アシューテを紹介してもいいだろう。




「はじめまして」

「え、うん、えへへへ」


 紹介したところアッシュのこの反応である。

 気に入ったのか?

 そういえばアシューテはラノーラとどことなく雰囲気が似ている。

 体型もそうだが、柔らかい語り口、印象はかなり近いものがある。

 深く知れば、まるで正反対のような気もするがな……。


「俺はフェルパだ」

「リンよ」


 いっぽうフェルパはいつもと変わらずで、リンは言葉は少ないもののややトゲがあった。


「あんたムネおっきいね」


 そして、シャナだが、リンとはまた違うピリつきをかもしだしていた。


「フフ、どういたしまして」


 対するアシューテは、軽くいなす。

 どういたしましての意味がよく分からないが、とりあえず誉め言葉として受け取っておくとのことだろう。

 シャナのピリつきが一層強くなるのだった。


「しかし、セオドアが本当のことを言っていたたぁな」


 その空気を察してか、フェルパが間に入ってきた。

 案外気をつかうタイプらしい。


「だからこそ、不気味だ。このまま終わるはずがないだろう」


 とうぜん、その話に乗っかる。

 この手のモメごとは、まともにとりあってはソンするだけだ。

 幸い、みな少なからずセオドアから被害を受けている。

 不満はやつに引き受けてもらうさ。

 セオドアが初めて役に立ったな。


 ひとしきりセオドアの悪口を聞いたところで、いったん街に戻るかと提案するのだった。

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