第101話 いろいろ持っているアシューテ

 アシューテと二人、崖を登る。

 四体残っていた召喚ゴブリンは崖下で待機だ。

 登っている最中に弓矢ででも狙われてはたまらん。彼らには我らが登りきるまでの見張りをしてもらう。


 私もアシューテも崖登りは何度も経験している。

 さほど時間をかけずに登りきることができた。


「休んでいるヒマはないな。とっとと地下四階への階段を目指すか」


 すぐにゴブリンどもが追ってくる。相手は数も多い。グズグズしていると取り囲まれてしまう。


「ちょっと待って」


 だが、アシューテはその場をから離れず、リュックから何かをあさりだした。

 そして、彼女が取り出したのはガラスの小瓶。

 それは手のひらに収まるほどの大きさで、中には黄色がかった白い粉が入っている。

 また、小瓶の口にはこぼれないようにコルクで栓がしてあった。


「…………grand…………ground………………Quicksand」


 アシューテはなにやら呪文を唱えながらコルクの栓を抜く。

 そして、中身を地面にぶちまけた。


 砂か?

 入っていた白い粉は風に流されながらも地面に広がった。

 色と粒の大きさからいって、川砂のように見えるが。


「それは?」

「流砂の魔法よ。足を踏みいれた者を土中に飲み込んでしまうの。まあ底なし沼みたいなものね」


 アシューテはそう言うと、空になった小瓶を放り投げる。

 小瓶は、まるで泥沼に沈んでいくかのように土中へと消えていった。


 恐ろしいな。

 われらを追うべく崖を登り切った瞬間、ああなるのか。

 しかも、見た目ではわからず避けるのが難しいうえに、どこまでが範囲かもはっきりしないときてる。

 

「これもオマケしておこうかしら」


 アシューテが次に取り出したのは小石だ。

 数は三。こちらも握りしめたまま呪文らしきものを唱える。


「……nasty smell!」


 小石をバラまくと、アシューテは詠唱を締めくくった。

 いったい何の魔法だ?


「アシューテ、いまのは何の魔――クサッ!!」


 すさまじい刺激臭が鼻を突いた。

 たまらず顔をそむける。


「気をつけてね、まともに嗅ぐとしばらく食欲なくなるわよ」

「はやく言え」


 すかさず距離をとるも、手遅れだ。

 もうバッチリ吸い込んでしまった。


「ゴブリンは嗅覚も敏感なの。これでこちらの匂いを追跡されないように彼らの鼻を狂わせる」


 なるほどな。

 たしかに、あの臭いがずっと私の鼻にこびりついている。

 嗅覚そのものがマヒしたのだろう。

 これでは匂いをたどって追ってこられない。


「では行くか」

「ええ」


 風向きが変わったのか刺激臭がまた漂ってきた。

 私もアシューテも、鼻をつまんでその場を後にするのだった。




――――――




 アシューテの魔法のおかげもあってか、ゴブリンに追われることなく地下四階の階段へとたどり着いた。

 仲間の姿は見えない。我らの方が早かったかもしれない。


 あれから一日半が経過した。西の空を見ると太陽が地平線へと沈みはじめていた。

 今日はここで夜を明かすとしよう。

 廃墟となった建物のひとつでアシューテと休息をとる。

 夕食は途中でつかまえたアルマジロの肉、それと野菜がいくつかだ。

 

「気になってたんだけど、その野菜、もしかして」

「ああ、ゴブリンたちが育てていたものだ」


 逃げるときチョコチョコと、もぎ取っておいた。

 逃げながら食べていたため残り少ないが、もういいだろう全部使ってしまえ。


「抜け目ないわね」

「旅は楽しくが信条でね」


 食うや食わずで目的地までってのは楽しくない。

 腹が満たされてこそ、心も満たされる。

 もし、明日みなに出会えなければ、狩りをすべきだな。

 ここで待つにしても、街へ帰るにしても食料がいる。


 いずれにしても待つのは二日。

 お互いにそう決めてある。


「昔を思い出すわね」

「ああ、あのころも身を寄せて夜を明かしたか」


 各地を放浪してジャンタールの情報を集めた。

 人里離れた場所で何度も野宿したし、猛獣に襲われ撃退もした。


 猛獣といっても、さすがにここにいるバケモノほどではないがね。

 騎士団の追っ手もたまに来たが、そんなものもすぐにカタがついた。


「そうだ、アシューテ、セオドアの魔法について聞きたい。幻影魔法と言ったか、どのような特徴がある?」


 いま一番の脅威はセオドアだ。

 やつの魔法、どうにも防ぐ手立てが見えない。


「そうね、わたしも把握しきっているわけではないのだけれど……」

「分かる範囲でいい。教えてくれ」


 思うにヤツが地上とここを自由に行き来できるのは、あの魔法のおかげではないのか?

 どんなに相手が強かろうと、見つからなければ素通りできる。

 探索にあれほど有用な魔法はないだろう。

 

「相手に幻を見せる魔法ね、ただ、幻が現実離れしすぎていると効果はうすいみたい」

「なるほど」


 かけられた本人が幻であるとの認識を強めた時点で効力を失う。

 体験した通りだな。


「そのせいからか、自分たちの姿を隠すのみに使うのを結構見たわね」


 これだ。この使い方がもっとも厄介なのだ。

 不自然を生みだせばそこに違和感を見つけることもできよう。だが、いなくて当たり前の場所から違和感を見つけるなど至難の業だ。

 なんとか視覚以外から見つける糸口はないか。


「音と匂いはどうだ?」


 ならば聴覚、嗅覚からだ。

 強烈な臭いをヤツにつければ、発見も容易ではないのか?


「いえ、セオドアの幻影魔法は音と匂いも遮断するみたい」

「そうか」


 チッ、だめか。

 ゴブリンの足音が聞こえていた時点で、聴覚すらもあやつるとは予想していたが……。


「ならば、弱点と呼べるものはないと?」


 わたしの問いにアシューテはしばし考えた。

 その後、口を開く。


「そうね……ある程度知能が高い者にしか効き目がないってのはあるかしら」


 なるほど、知能か。

 ……そう言えばロバには魔法が効かなかったな。

 人に近いものにしか効果がないのか?


 待てよ。

 セオドアはわたしのロバを盗もうとした。

 もしや、自身の魔法の特性を考えてのことか?


 いずれにせよ、セオドアの幻影魔法。

 自らにかけるのではなく、相手にかけるもの。

 そこに付け入るスキがあるかもしれんな。

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